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二十回目ゲスト 樋口卓治
さん(TAKUJI HIGUCHI)
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| 樋口 |
そうしたら、30歳ちょっと前に
『さんまのからくりテレビ』の問題を作る作家っていうことで、
初めてバラエティ番組に関われることになったんです。 |
| 高須 |
TBSで初めてのバラエティやったんや。
入ってみて、実際バラエティやってみた時ってどうやった? |
| 樋口 |
単純に楽しくて、うれしかったですね〜。
大御所の作家さんから吸収することも多かったですし。 |
| 高須 |
そうか…大岩さんやら、詩村さんやら、高橋さんにめぐみさん…
すっごいメンバーやもんね。 |
| 樋口 |
いや、特になかったっていうか…。
コーナー担当したくても、コーナー企画が全然通らなくて(苦笑)。
業界じゃ有名な話かもしれないんですけど、
『からくり』って僕が入った当時は、会議で新企画のネタを出しても
誰もひとつも採用されなかったんですよ。 |
| 樋口 |
三年間くらいかな…採用ゼロゼロゼロ…。
海外のVTRがすごく充実してたので、 新企画が通
らなくても、
番組自体が全然大丈夫だったってのも あるんですけども。
だけど、出しても出しても、通らない。
先輩の作家さんたちに見向きもされないわけです。 |
| 樋口 |
で、いつだったか…僕とディレクターの塚ちゃん(塚田D)ってのがいて、
彼と二人で「これはイケる!」っていう企画ができたんですよ。
それで会議に出して、自信たっぷりにプレゼンしてみたら
ものの見事にシーーーンとしちゃって…(苦笑)。 |
| 樋口 |
『すれ違い様ショー』っていって、
左右からベルトコンベアに乗って人がやってきて、
すれ違いざまに一言だけ交わす、という。 |
| 樋口 |
例えば一人娘のお父さんと、その彼氏がすれ違って
「今度、娘さんと温泉行っていいですか?」
「ダメ」 |
| 樋口 |
だけど、会議では全然おもしろがってもらえなくて。
どうしてなんだろう、と塚ちゃんと二人で反省会。
おもしろいはずなんだけどなぁ、と。
そしたら、僕らのところにいきなりピョコッと詩村さんが現れたんですよ。
独特の、あの風体で(笑)。 |
| 高須 |
真っ黒のジャージ上下でいつも居て、
酒とスルメばっかり食べてる人。 |
| 樋口 |
で、そのジャージのポケットから
ハイライトが1カートン、まんまはみ出してたりする人。 |
| 樋口 |
そう、不思議なんです。
で、その不思議な人がいきなり現れて(笑)、
考え込んでる僕たちのところまでするするっとやってきて、
「ホントは10万くらいもらわないと教えられないことなんだけど、
お前たち頑張ってるから、特別に教えてやる」って言って、
ホワイトボードにでっかく
『フリ オチ フォロー』 って書いたんですよ。 |
| 樋口 |
で、指差して「これ三つ、わかる?」と。
僕らも「それくらいは知ってますよ」って感じだったんですけど、
よくよく考えたら、
改めてその三つを理論的に説明されたことってなかったんですね。
詩村さんが指差しながら
「フリがあって、オチがあって、フォローがある」。
からくりのビデオでいったら 「子供が楽しそうに遊んでる=これがフリ」。
で、そんな子供が 「派手にいきなり転んじゃう=これがオチ」。
詩村さんが言うには「馬鹿なディレクターはここで終わってしまう」と。
だけど、
「子供が起き上がって、にこっと笑う」ってところまでVTRを使うと、
見ている側は、あぁ、怪我しなかったんだな、よかったな〜、って思って、
ここで初めて「いい笑い」になるんだよ、と。
それだけ言って、
詩村さんは「これ覚えとけよー」て、去っていったんですよ。
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| 樋口 |
僕らはその説明で、目からうろこがボロボロボロって落ちちゃって。
自分たちの考えてる笑いを「フリオチフォロー」なんて、
間仕切りに入れて考えたことなかったですから。
おもしろいって思ってたけど、ベルトコンベアショーには
フォローとか全くないって分かったんです。
「あぁ、なるほどなぁ、見向きもされないわけだよ」と。
その一件があってから考え方が変わってきて、
『からくり』でようやく企画が通るようになっていったんです。 |
| 樋口 |
ですね、あれがなかったらなんにも分かってないまま
来ちゃってたかもしれませんからね。 |
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