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十八回目ゲスト 松井洋介
さん(YOUSUKE MATSUI)
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1965年生まれ。
主な担当番組に「ワンナイR&R」「笑う犬の情熱」「銭形金太郎」「ネプリーグ」
「サッカー小僧7(10月より番組リニューアル予定!)」など。
好きなモノ:スタバのアイスラテ、レアルマドリッド、わたせせいぞう、ブックオフ。
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大変だ大変だ。
梅雨が明けたと思ったら、いきなり猛暑。
どえらくあっちぃ。
カラッとした夏の空気に身体が喜ぶ間もなく、 ひたすらダレる。
太陽ジリジリ、風さえも暑い真昼。
都内某所の事務所で、この対談は幕を開けた。
エアコンが涼を運んで、じ〜んという機械音をたてる中、
その男はただ一人だけ、ただ一人だけで
だらっだらと汗をかき続けていた。 |
| 高須 |
いや、止まってないよ。だらっだらやん、垂れてるやん(笑)。 |
| 松井 |
でも言うときますけど、外が熱かっただけで
この汗は太ってるからやないですよ(笑) |
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遅刻した松井さんは、地図を見間違え、迷子になっていた。
炎天下の中を走って走って、どうにかこうにかこの現場へ
やってきたのだ。
頭のてっぺんからぼたぼたと落ちる汗を、ティッシュで拭う拭う。
エアコンがガンガンに効いた部屋で、
松井さんただ一人が、汗を噴き出させていた。 |
| 高須 |
じゃあ、本人いわく大丈夫らしいので、はじめましょか。
松井くん、通称チャダ。いまや松井大先生ですよ。 |
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チャダっていうのは随分知れ渡ってるニックネームですよね? |
| 松井 |
ですね〜。
大阪でラジオの『ヤングタウン』のバイトをしていた頃に
毎日放送のチロリンさんに「インド人みたいな顔」って言われて、
そこから「インド人=チャダ」ってことで、
そのまま定着してしまったんですよ。
特に落ちはないんです。パッと言われて、ずっとそのままなんです。 |
| 高須 |
俺は、三木さん(作家の三木聡氏)と、
「作家で頂点に上りつめるヤツは誰だ?」って話をしたことがあって、
その時に
「やっぱり生き残るのは、チャダやな」という結論になりました(笑)。
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| 松井 |
その根拠が僕にはまったく分かりませんのですが…。
僕はそれを聞いた時、
ああ、この先輩達はこうやって後輩をバカにしつつ〜、
自分たちのポジションをしっかりと〜確認してはるんやなぁ〜と…(笑)。 |
| 高須 |
そんなんじゃないって!
なんだかんだで、 この過酷な業界を生き残っていくのは、
チャダのような人間であると…。 |
| 高須 |
それを〜、今からはっきりさせていくわけじゃないですか。
さあさあ、遡って聞いていきますよ。 |
| 高須 |
すごく有名なタレントさんと、友達になったところから…なんだよね? |
| 松井 |
そうですね。大学に行ったらですねー…、
森脇健児くんがぁ!いたんです(笑) |
| 松井 |
僕もビックリしましたよ。 ホントにたまたまなんですよ?
行ってみたら、森脇くんと クラスが一緒で、ですねー…。
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| 高須 |
って、ちょっと…汗だくやんか〜!
テーブルにしたたってるよっ(笑) |
| 松井 |
えっ、ああ!
(ティッシュだけでは汗を拭えず、タオルを差し出される松井さん)
もう、これ…すんません〜。
(ふきふき…ふきふき)
でも言うときますけど、外が熱かっただけで
この汗は太ってるからやないですよ(笑) |
| 松井 |
それでですねー、えーと、当時はまだ森脇くんもタレント活動とはいえ、
ラジオのレギュラーを持ってる程度で、まだまだ若手で。
僕は、そのラジオ『ヤングタウン』をよく聞いてたんですよ。
それで「あぁ、ラジオやってる森脇くんや〜」って思いつつ、
普通に仲良くなって、遊んだりするようになったんですね。 |
| 松井 |
ですね。僕は中学高校と寮生活だったんで、
情報源がラジオしかなかったんですよ。
寮はテレビなんて自由に見られないから、
深夜のラジオとかだけが 外界との接点、みたいなところがあって…。
ラジオからタレントさんが喋ってる中に、『ヤンタン』とかだと
「今、バイトの○○くんが〜」って会話がはさまったりするでしょ。
それはもう、すごく夢があるわけです(笑)。
「くぅ〜、楽しそうやなぁっ」って…タレントさんに名前呼ばれて、
アルバイトできるなんて夢のような世界だったわけです。 |
| 松井 |
そうして大学いってみたら、
実際に『ヤンタン』に出て喋ってる
森脇くんがいて、 ここはひとつ、その『ヤンタン』のバイトを
紹介してもらえないか?って お願いしたんですね。
そしたら、いいよいいよ〜って言ってくれて、そのまま
『ヤンタン』の、たくさんいるバイトの中の一人におさまったんですよ。
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| 松井 |
そうですそうです。
コピー取ったり、リスナーからの電話応対したり…。
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| 高須 |
このへんから、チャダのドラマティック人生が始まっていくのよねー(笑) |
| 松井 |
はじまりましたねぇ(笑)
ほいで、いざバイト始まったら、もう楽しすぎて楽しすぎて。 |
| 高須 |
『ヤンタン』はアイドルとか結構来るもんね。
そら楽しいよなぁ〜!
芸能界がすぐそばにあるねんもんなぁ。
チャダが見た中で、今でも覚えてるアイドルって誰?
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| 松井 |
生で見て、びっくりしましたよ〜。
彼女が飲んでいったジュースの紙コップか、収録後に残ってたんですよ。
それを誰が自分のものにするか…っていうので…(笑)。 |
| 高須 |
それはめっちゃめちゃ楽しいよなぁ(笑)。
変な話、コップ舐めた? |
| 松井 |
そうっすね…でも僕はやってないっすよ!
僕は…ジャンケン負けましたから…(笑)。 |
| 松井 |
まぁ、そんなミーハーな大学生でしたねー。
バイトが楽しすぎて大学あんまり行ってなかったから、
3年から4年に上がるときに、留年が決まったんですよ。
で、それを親に報告したんですね。
「すまん、留年した」と。
そしたらですね、父親がちょっと、激怒しまして…。
「そのバイトを辞めるか、家を出ていくか、どっちかにせぇ!」
言われて。 |
| 松井 |
そんなん言われたから、僕は
「じゃ、家出ていきます」ってことで、実家を飛び出したんです。 |
| 高須 |
かっこええがな〜、これ〜。 決断したわけやね〜。
これがまず、最初のドラマティック、と…。
そんでそんで、その後は? |
| 松井 |
結局、学費も稼がないといけなかったんで、
昼間はレンタルレコード屋のバイトをして、夜は『ヤンタン』っていう
あんまり大学行かない生活を続けていましたね。
当時、既に『4時ですよ〜だ』がはじまってたんですけど、
その番組の構成の、岡崎さんに顔を覚えてもらってまして…。
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| 高須 |
あぁ、岡崎さんは『ヤンタン』もやってたからなぁ。 |
| 松井 |
それで、岡崎さんとか上の人達で
「『4時』のADが足らんから、チャダはどうやろ?」
みたいな話が あったんかな?
流れはよく分からないんですけど、 それで僕は呼ばれて、
『4時』のADもやることになったんです。 |
| 高須 |
俺とチャダが出会ったのはその時代やから…
今更こうやって話してるのって、
なんか気恥ずかしかったりするよなぁ(笑) |
| 高須 |
あの頃は、よぉ買い出し行かされたよな〜。
餃子買いに行かされたり、ハンバーガー買いに行かされたり…。
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お二人にもそんな時代があったんですね。 |
| 高須 |
あったのよー、これが。
餃子とか全員分買いに行かされるんやけど、
これがいざ現場に持っていくと、
俺らまで食べる分が回ってけぇへんねん(笑)。
上の人達が食べるのをずーっと見てて「早よ回せやぁ!」とか
心の中でものっすご怒りながら、 じーっと我慢してて…。 |
| 高須 |
まぁ…会議室に持っていく前に、
買い出し連中はみんな食べてんねんけどね(笑) |
| 松井 |
そうそう、そうでしたそうでした、食べてました(笑)。
これは、もう今だから言えますけど…
みんな会議戻るのめんどくさいからぁ(笑)。 |
| 高須 |
めんどくさい、めんどくさい(笑)。すっげぇ戻りたくなかったもん。 |
| 松井 |
だから、餃子とかは…持ち帰りにする間に、
定食にして食べてましたもん、店で(笑)。 |
| 高須 |
えええええ〜っ!
って、俺もマックでハンバーガー喰ってたけど(笑)。 |
| 高須 |
戻るのめんどくさいから、みんなでダラ〜っと、店で時間潰すのよ。
買い出しの分とは別に、ハンバーガーとか追加で注文して、
各々食べて、経費でまとめて落として…(笑)。
「なぁ、どうする〜?」
「んー、さすがにそろそろ戻らんとあやしまれるんちゃう?」
とか言いながら、かったる〜く戻ってたりしたなぁ。
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| 松井 |
ほんで、2丁目の上に上がるエレベーターの中で
みんな口周りをお互いチェックするんですよね(笑)。 |
| 松井 |
息をハーってやって、「ニンニクくさないか?」
歯をこうやって…口ひらいて見せて「ネギは挟まってないか?」
アホでしたよねぇ〜(笑)。 |
| 高須 |
本番の前に、必要な小道具とかも
買い出し行かなあかんかったりするやん。
そういう時は、必ず百貨店の地下食行って飯食ってたもん(笑)。
んで、領収書はいっしょにまとめてもらうねん。 |
| 高須 |
で、『4時』が終わって…その後ってどうしてたの? |
| 松井 |
そのあと半年くらいは、いろんなテレビのADのバイトを
したりしたんですけど…なんていうんでしょう…
やっぱりおもしろいこととかを考えることの方が
楽しいなぁと 思ったんですね。 |
| 高須 |
その頃に、何かのタイミングでチャダは俺に
「高須さん…僕、作家になろうと思ってますねん」って
一言、聞いた覚えがあるのよ。 |
| 高須 |
言った言った。ちょうど『ごっつ』が始まる前くらいやったかな。
ちょうどチャダ自身が、東京出てくる決心をしたくらいやったんちゃう? |
| 松井 |
あぁ、大阪から東京に向かうときに、
確かに何人かの方にそう言ってご挨拶しましたね。
その頃は僕、越前屋俵太さんの番組のADを大阪でやっていて、
その現場でツマガリさんって方にお世話になってたんですけど、
その方にいろいろ相談してるうちに
「東京に出た方が、おもしろいこと考えるにはいいかもなぁ」って
思いだして、ツマガリさんにも勧められて…。
それで東京出てきたんですよ。 |
| 松井 |
ツマガリさんの所属してる事務所が東京にあって、
そこへ紹介してもらったんですけど、
音楽番組をたくさんやってる会社だったんですね。
それで、最初は演歌番組とかやってましたねぇ。 |
| 松井 |
ぶっちゃけ、ここまでの道のりだって、言うたら「運」だけですよ。
大学に行って、森脇健児に会ってなければ、
そんなことで東京来たりはしてなかったでしょうし。
ここからは、更に「運」がまた…
すごい「運」がやってくるわけですけども。 |
| 高須 |
そうやねん、チャダドラマティックは、ここからがすごいんだよねぇ。 |
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