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十六回目ゲスト 町山広美
さん(HIROMI MACHIYAMA)
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1964年12月9日生まれ 東京都千代田区出身
バラエティーを中心にテレビ番組の企画・構成を手がけるかたわら、雑誌・新聞で連載コラムを執筆。『アサヒ芸能』『InRed』『月刊アサヒ芸能 エンタメ!』『信濃毎日新聞』などに連載中。著書に『隣家全焼』『堤防決壊』(共にナンシー関と共著/文藝春秋)『イヤモスキー』(マガジンハウス/文藝春秋・文春文庫PLUS)がある。『ああ、腹立つ』『ああ、恥ずかしい』(共に新潮文庫)にも寄稿
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| オフィシャルHP |
http://www.matimatu.com/ |
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| 高須 |
今回は「御影湯」始まって以来、初の女性作家さんです。
仕事を一緒にし始めたのはホントに最近だよね。 |
| 高須 |
『ちゃんネプ』がリニューアルしたときに、伊藤くんが
「町山さんに入ってもらいたいなーと思ってるんですけど」って言うんで、
「全然いいですよ、お願いしましょうよ」ってことに。
で、俺はこっそりとそーたにくんに 「町山さんって、どんな人?」って聞いたら
「ちゃんとしてますよ〜」って言ってた。 |
| 町山 |
「ちゃんとしてます」って、あのヒトに言われてもねえ(笑)。
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| 高須 |
で、町山ちゃんが来たときに、会議の現場で中野くんがこそこそっと俺に
耳打ちしてきて「いやー、ちゃんとしてる人ですね〜」って(笑)。
なぜかみんな「ちゃんとしてる」って言うんだよね、町山ちゃんのこと(笑)。 |
| 高須 |
いや、やっぱりちゃんと仕事のできる女性って、この業界少ないから…。
で、実際に会議で一緒にやってみたら「ちゃんとしてる」って僕も思った(笑)
たしか初めて一緒になった会議だった思うんだけど…。
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| 町山 |
あー、いきなり私、ADをシメちゃったんですよね。(笑)
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| 町山 |
会議中の言葉を、ホワイトボードに板書するADの子がね、
ちょっとぬけてたんですよね。
発言してることがボード上でぜんぜんまとまらないもんだから、
カリカリっときちゃいまして…。 |
| 高須 |
ほんで、自分が前に出ていって
「それはだから、こう書けば分かりやすいんじゃない」って
ばばばっと板書して、仕切りはじめたのよ。
あれはすごかったねー。 |
| 高須 |
いや、あの時はもうみんなイライラしてたやん。
「何で分からんかなぁっ」って感じで、
イライライラ…となってたところへ出ていって仕切りだしてくれた。
そしたらこれがまた分かりやすかったのよ、板書も。
そこでまた、「しっかりしてるなぁ」っていうのが
僕ら男作家に焼き付いた、うん。 |
| 町山 |
わたし、AD出身なんで、そのへんがもたつくといらいらしちゃうんですよ。 |
| 高須 |
ええっ、初耳やで!? 町山ちゃんって、ADやってたん?
えー、どうなってるの、どうなってるの。詳しく聞きたいっ。
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| 町山 |
このホームページを読んだら、
みんな結構、気持ち良さそうに語っちゃってるから
自分は乗せられないようにって思ってたんですけど…。 |
| 高須 |
乗せていくよー、がんがん乗せていくよ〜(笑)。 |
| 町山 |
海老先生、小山先生、佐々木先生、みんな十年以上前から知ってるから(笑)。
笑って読んじゃいました。 |
| 高須 |
僕ね、そんなみんなの微妙な変化(番組の会議と比べて)が大好きなのよね。
でも、海老ちゃんとそんなに前から、長い付き合いやったんや。
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| 町山 |
私が『タモリ倶楽部』をお休みする時に、代わりに入ってきたのが
海老さんで。 |
| 町山 |
その時はまだ25、6だったかな、海老さん。
それなのに結婚して、子供がいるって聞いたときには、
「なんて男だ、放送作家なのに結婚して子供がいるなんて!」って、
びっくりしちゃったもの。おまけに目つきは悪いし(笑)。
だから、一コ年下なんだけど、さん付け。 |
| 高須 |
驚くほど冷静に喋るしねぇ、海老ちゃんって。
印象悪かったんやなぁ…。
薫ちゃんとはどういう流れで知り合ったの? |
| 町山 |
小山くんとは『メリークリスマスショー』の時が最初かなあ。 |
| 高須 |
うわっ、すごい昔やんか。 業界、実際は何年目になるの? |
| 町山 |
これが考えたくもないんだけど、17年目になっちゃって…。 |
| 町山 |
まずいなあって思うんですよ、最近。
17年やって、私、何にも残してないなぁって気づいちゃって。
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| 高須 |
俺よりずっと先輩なんや。 めちゃめちゃ「姉さん」やん。
すごいなぁ、17年も業界の荒波を生き抜いてきたんやねぇ。
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| 町山 |
大学に入学して、通ってたんですけど、しばらくすると
「こりゃだめだ。自分はどうも通い続けられないな」と思ったんですよ。
かといって、当時、実家が公団住宅に引っ越したばっかで、
行き帰りの電車は混むし、同じような箱がズラーッと並んでる
外観に すごくイヤな感じを覚えて、家にも帰りたくなくて…。
で、男の人と一緒に住んで、大学を辞めたんですよ。 |
| 町山 |
けど、何か仕事をしなくちゃ食べていけないから、
何の仕事をしようかな、と考えたときに
「テレビはゆるいから入れるだろう」と思って(笑)。
それで普通にとらばーゆとか新聞を見て、テレビ関係の会社を探して
面接に行ったんです。
そこっていうのがモンティパイソンの代理店になってる会社で…、
考えてみたら「代理店」だから制作とかとは全然関係ないんだけど、
バカだからよく分からなくて、 とにかく「モンティパイソンの会社だ!」
っていうので受けに行きました。
もう一つは『タモリ倶楽部』を作ってる会社。
当時はフルハウス、今はハウフルスですけど、
事務のお姉ちゃんのバイトを募集してたんで、それも受けたんですね。
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| 町山 |
そうなんですけど、 三ヶ月の試用期間の間に
「挨拶ができない」とか 「応対の態度が悪い」って
先輩に言われてしまい…(笑)。 |
| 町山 |
お姉さんたちに「あの子はダメっ、全然ダメよっ」と言われまくったんです。
そしたら、フルハウスの菅原社長が
「事務としてはダメだけど、ダメ故に、現場だったらいいんじゃないか?」
と言ってくれて。 |
| 町山 |
私も他にアテがなかったですからねえ。
高一からずっとバイトしてましたけど
バニーガールやらバの姉ちゃんやら水商売しか経験なくて。
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| 高須 |
うわっ!ドンドン新事実が出てくる…っ!(笑) |
| 町山 |
それでとにかく、ADにしてもらったんです。
ちょうどテレビ東京の音楽番組を立ち上げるときで、
若い子の情報が必要だからって言われてその番組に付きました。
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| 町山 |
大貫憲章とデビュー間もないNokkoが司会の番組。
それで…結局二年ぐらいはADをやってたんですけど、
その間にディレクターの内職仕事の企画書を書いたりして、
作家の真似事みたいなことはやってたんですよ。
あと、番組資料を集めたり、作ったりする能力はそこそこあって。
そしたら菅原社長が、 「お前は、作家の方がいいかぁ」って(笑)。
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| 高須 |
なんか、正しいのか、いい加減なのかわからんなぁ(笑)。 |
| 町山 |
いい加減でしょう。
私としては、作家がADよりは楽そうに見えてたもんで飛びつきました。
ディレクターが何日も徹夜ぶっこいたりしてるのを目の当たりにしてきた
二年間だったわけですから、そこまでしないで済むかと思うと…。 |
| 高須 |
おぉ、それは実体験としてあるからねぇ(笑)。 |
| 町山 |
死体みたいになって床に転がって寝てる
先輩ADやディレクターを朝起こすことから、
仕事が始まったりするわけですよ。
暗幕にくるまれて、こっちにごろん、あっちにごろん…とかって仕事場だったんで、
作家だったらそんなことにはならずに済むだろうと思ったから、
それで作家に(笑)。 |
| 高須 |
早いよねぇ。
その頃から「ディレクターより作家の方が楽」って分かっちゃったんだ。(笑)
それはすごいね。 |
| 町山 |
自分がディレクターは無理だ、ていうのはもう分かってました。
だって、体力無いし、楽な方へ楽な方へと流れちゃうから、絶対に(笑)。
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| 高須 |
撮りたいなぁ、ていう願望は湧いたりしないの? |
| 町山 |
高校の時に8ミリの監督をやったんですよ。
それで、「人を動かせない」ってことが骨身に染みて分かりましたね。
カリカリっと来ちゃうから、どうしても。
作家になるってとりあえず決めたところで、
日野原幼紀さんって作家に不肖の弟子としてついたんです。
『探検レストラン』という番組で菅原社長と
ラーメン屋再生の企画とかをつくった人。
菅原さんや景山民夫さんとは大学で一緒で、
学生時代から『ヤング720』なんかで民夫さんたちと仕事してたそうです。
で、その師匠が甘いというか、 あきらめ半分によく面
倒見てくれたもんで、
この仕事が続いたという感じですね。
楽な方に流れた結果の、作家なんですよ〜。
選んでなったワケじゃなくて…。 |
| 町山 |
うーん、まー、よく分からないから放送作家でいいやー、と思って。 |
| 高須 |
放送作家ってさ、パターンが分かれるやんか。
そーたにくんたちをはじめとする作家予備校みたいなのに興味津々で
「よぉぉし、テレビを作るぞーっ」ていう思いに燃えた人達と、
なんとなーくこの業界に入りました、流れでした、ていう人と。
でも、何となく入った人達も、テレビつくるの楽しんでたり、
おもろがったりしてるやん。
町山ちゃんはなんとなーく、で入ったけど
「あ、テレビって作るの楽しいな」 って思い始めたのって、
どのくらい経ってからだったの? |
| 町山 |
わりとすぐこの仕事が面白くなったんですけど、
『タモリ倶楽部』に自分が作家として入れるってことになったときは、
自分が見ていた番組ですから、それはもう、素直に嬉しかったですよね。
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| 高須 |
俺は俺であったよ。 吉本の大崎さんに
「ダウンタウンの『タモリ倶楽部』を作ってくれ」って言われて、
そんな思いで、『ガキの使い』の企画書を書いた。
番組自体のテイストは全然違うのよ?
全然違うんだけど、ダウンタウンの濃い部分を出す深夜番組を
持ってなくちゃいけないってことの意味で
『タモリ倶楽部』だったと思うんだよね。 |
| 高須 |
で、俺はその時に作家として二択を迫られてた。
当時、ゴールデンで始まる『全員出席 笑うんだってば!』に
入るか、深夜で『ガキの使い』に入るか。
俺はそれでゴールデンを断った。
深夜の方が濃いことをやれるし、くだらなそうだと素直に思ったから。 |
| 高須 |
大崎さんはもう『タモリ倶楽部』が大好きだったから、
ダウンタウンにもそういうフィールドをって熱望してた感じやったなぁ。
ホントに好きだったみたい。また、そう言うファンを生み出す番組でも
あったからね、『タモリ倶楽部』は。 |
| 高須 |
なに、その、もう気持ち入ってませんよ、みたいな受け答えの数々(笑)。 |
| 町山 |
そんなことないですよー。
でも、私はもう『タモリ倶楽部』やめちゃってだいぶ経ちますからね。
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| 高須 |
そうかぁ……。
にしても、不思議な存在なんよなぁ、町山ちゃんって。 |
| 高須 |
不思議やわ〜。
作家として、というバリッとした立ち方をしてないっていうかさ。
こないだお亡くなりになったナンシー関さんとも仲良かったりするでしょう。
彼女のような立ち位置に憧れとかがあったの? |
| 町山 |
いやいや、私、本当に未来に向かってビジョンとかがないので(笑)。 |
| 町山 |
無いですよ! 全然っ、ぜんっぜん無いんですよ! |
| 町山 |
ヤバイですよ、無さ過ぎるのも問題ですよ。
それにせっかくのこんな場で、こんなことばっかり言ってたら、
憲兵にまで「あ、やっぱちゃんとしてない」って
気づかれちゃうじゃないですか(笑)。(※憲兵=そーたにさんのこと)
もっとまともなことしゃべんないと〜。 |
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