|
十五回目ゲスト 堀江利幸さん(TOSHIYUKI
HORIE)
|
|
|
1968年8月16日生まれ 群馬県出身
中央大学理工学部数学科在学中より放送作家として活動を開始。
現在担当している番組は 『ぐるナイ』『ガチンコ!』『¥マネーの虎』
『サバイバー』『デリ!スマ!』 『USO!?ジャパン』
『おしゃれカンケイ』 『ウンナンの気分は上々』
『マスクマン!』 『ロンブー龍』 『ティンティンTOWN』…など十数本。
他にも、日本テレビ『巨人戦ナイター』にもブレーン参加。
高須さんとは、『サバイバー』と『気分は上々』で、
ご一緒しています。 |
|
 |
|
|
| 高須 |
久しぶりの「御影湯」。
今日は「ホーリーエンジェル」社長の堀江君です。
(★ホーリーエンジェル…堀江さんの個人事務所名) |
| 堀江 |
よろしくおねがいします。
どんなことを話せばいいんでしょうか? |
| 高須 |
いやいや、もう、自由に。 生い立ちの話からでもええよ。
|
| 高須 |
いやいや、作家としての生い立ちを、ね(笑)。 |
| 高須 |
堀江って、そーたにくんやおちくんと同じ、テリー伊藤さんの
『ロコモーション』出身やよね。 入ったきっかけってなんやったの?
|
| 堀江 |
『北野ファンクラブ』っていう、フジテレビの深夜番組があったの
ご存知ですか? |
| 堀江 |
その番組内で企画を募集してまして、いくつか送ったところ、たまたま
スタッフ会議でひっかかったらしく…放送作家志望と書いて応募した
んですけど、そしたら収録を見学させてやるからスタジオにおいで、
という話になりまして。 |
| 堀江 |
いえ、作家募集というよりも、たけしサンが喜びそうな企画を募集して、
面白ければそれを番組内でたけしサンが読む、みたいな感じだったと
思います。
で、スタジオに行ってみたら番組の構成をしていた
ダンカンさんやそーたにさんや おちさんを紹介してもらったんです。
|
| 高須 |
で、いきなり「ロコモーション来れば?」って話になったわけ? |
| 堀江 |
その収録が終わった後に反省会っていうのがあったんですよ。
その日に限って収録の出来が悪かったらしく…
スタッフだけで近くの飲み屋に移って反省会という話になりまして。
で、僕は帰った方がいいのかなぁとウロウロしてたら
「お前も来いよ!」とそこに誘ってくれまして。 |
| 堀江 |
その時は…確かおちさんでした。
収録中もおちさんがいろいろと話しかけてくれて、
僕が送ったネタのすごく細かい部分を指摘されたりして、
初めて「放送作家」という職業を直に感じました。
そういえば、その反省会で僕はそーたにさんの隣に座ったんですよ。
|
| 堀江 |
はい。そこでそーたにさんと何を喋ったか、あまり記憶に
ないのですが…帰り際にロコモーションの名刺をいただきまして。 |
| 堀江 |
「本気でやる気があるんだったら、電話かけてこいよ」って。
|
| 堀江 |
当時は携帯なんてありませんでしたから、名刺の裏にさらさらっと
自宅の電話番号を書いてくれて…。 |
| 高須 |
へーっ、そーたにくん、すっげぇかっこええやん!
それは、堀江が何歳の時? |
| 堀江 |
二十二歳でした。
ちょうど大学三年生の2月頃かな。 |
| 高須 |
元々、どうして『北野ファンクラブ』に応募したの?
作家になりたいって思ったきっかけがあるはずだよね?
|
| 堀江 |
やはり、たけしさんのオールナイトニッポンの影響ですね。
そこで、 高田文夫さんの存在を知って…
それまでは放送作家っていう職業も知りませんでした、
テレビやラジオにそんな裏の仕掛け人がいるなんて。
で、高田さんや青島幸男さんたちの本を読みあさっている内に、
『蒼天に翔ける』という本と出会って、テレビの創世期に飛び込んだ
青島さんの自伝的小説なんですが、そこで描かれているテレビ業界に
魅力を 感じました。 |
| 堀江 |
そうですねぇ、どちらかといえばミーハーでしたんで…(苦笑)。
|
| 堀江 |
いや…アイドル番組とか好きで…
『たのきん全力投球』とか『ヤンヤン歌のスタジオ』とか…(苦笑)。
|
| 堀江 |
いや、そればっかりってわけじゃないんですけど…。 |
| 高須 |
ごめんごめん。 で、その後、そーたにくんに電話したの? |
| 堀江 |
大学四年になって、就職活動をと思ったんですけど、
やっぱり作家になりたかったから、思いきってそーたにさんに電話しました。
|
| 堀江 |
「ロコモーションに入れてください!」ってお願いしたら、
「何で君、ロコモーション知ってるの?」って(笑)。
|
| 高須 |
……忘れてるやん、思いっきし忘れてるやん…。 |
| 堀江 |
「いや、こうこうこれこれで去年名刺をもらいまして、
よく考えたんですけど、やっぱり作家になりたくて…」と話をしたら、
「そうか、分かったよ」って紹介していただけることになりました。
|
| 堀江 |
で、またお会いして、伊藤さんを紹介していただいて、
ロコモーションに入ることになったんです。 |
| 高須 |
あぁ、安達くん(安達元一さん)と一緒かぁ。
群馬の、なに村出身なの?(笑) |
| 堀江 |
僕は村じゃないです!市です!桐生市っていう。
|
| 高須 |
あら、残念。
安達くんはなんとか村出身なんだよね、確か。 |
| 堀江 |
何でしたっけね?なんか、変な名前でしたよね。
|
| 高須 |
うん、きっつい名前の村やねん……。
あっ、思いだした!そうそう、『子持村』や!!(笑)
まぁまぁ、そんなことはええとして、堀江の話、堀江の話…。
じゃあ、群馬からは大学進学で、東京へ? |
| 高須 |
そして、アイドルに何とか近づこうと試行錯誤…? |
| 高須 |
じゃあ、アイドル番組以外には(笑)、どんなテレビを見てたの? |
| 堀江 |
月並みですけど『ひょうきん族』とか『THE.MANZAI』とか
好きで見てましたね。 |
| 高須 |
やっぱりあの人の影響は大きいよなぁ。
俺もたけしさん好きやったもん。 |
| 堀江 |
実は…たけしさんのオールナイトニッポンが終了するちょっと前に、
「最後の軍団オーディション」っていうのがあったんですよ。 |
| 堀江 |
僕、ダンカンさんの弟子になりたくて…放送作家としても物凄く
優秀な方じゃないですか。ですから、芸人さんの募集だったのですが、
勝手に放送作家志望と書いて応募しちゃったんですよ。
|
| 堀江 |
何故か、書類審査を通ってしまいまして、ニッポン放送まで面
接を
受けに行ったことがあります。(笑) |
| 高須 |
いろんなことやってたんやねぇ、堀江って…(笑)。 |
| 堀江 |
それが『北野ファンクラブ』に応募する半年くらい前で…。
|
| 高須 |
面接では「ダンカンさんの弟子に!」って話はできたの? |
| 堀江 |
グループ面接だったんですけど、他が全員、若手の芸人さんで
軍団志望でしょう?
僕だけが作家志望でしたから、なんか浮いちゃって(笑)。
結局、それまででした。 |
| 高須 |
そりゃあそうなるわなぁ。
だけど、そこで落ちてたから半年後の『北野ファンクラブ』が
あったんだもんね。
それはそれで、いい流れだったのかもしれんな。 |
| 堀江 |
ダンカンさんはすごく優しい方で、落ちたにもかかわらず、
そのあと僕だけ焼き肉屋に連れていって下さいまして。
ただ、そこでダンカンさんがおっしゃってたのは
「放送作家って決して楽な商売じゃないから。
才能がなきゃだめだし、才能だけでもだめだし。
大学行ってるんだったら卒業して、ちゃんと就職しな」と。
きつく言われる程その言葉が逆にすごく優しく感じられて、
絶対に放送作家になろうと決めました。
それに…あとで聞いた話ですが、 たけしさんが軍団オーディションのリストを見て、
一人だけ作家志望だったので、
ダンカンさんに「こいつ、なんとかしてやれば」って言って下さったとか。
それで僕に親身になって話をして下さったとか…。 |
| 高須 |
うわー…ええ話やんかぁ。それはすごいなぁ。
じゃあ、ロコモーションに入ってからの仕事は 『北野ファンクラブ』だったの? |
| 堀江 |
いえ、『北野ファンクラブ』はやはり深夜のマニアックな番組だから、
もっと作家として基礎的な事を覚えたほうがいいと言われまして、
『天才たけしの元気が出るテレビ』に入れてもらうことになったんです。
|
| 堀江 |
ダンス甲子園が盛り上がってる頃でしたから…
番組始まって5年目ぐらいですかね。 |
| 高須 |
それはいいねー。いきなりゴールデンっていうのは。 |
| 堀江 |
はい。リサーチなどの下積みもなく、いきなり
ゴールデンでデビューいうのは幸運でした。 |
| 高須 |
そういやさぁ、11年ぐらい作家やってるわけでしょ?
|
| 堀江 |
初めてお会いしたのは、確かおちさんの結婚式の披露宴ですから…。 |
| 高須 |
同じテーブルやったっけ、そうそう、思いだした。
|
| 高須 |
そーたにくん、田中くん、都築くん、俺…そして、堀江。
|
| 堀江 |
そうそうたる放送作家テーブルに僕のような若造が
…非常に恐縮したのを覚えてます。 |
| 高須 |
で、俺は面識ないから「…誰やろなぁ?」
と思ってて、誰かに紹介されて
「あそこに座ってるのが、 堀江って言ってロコモーションの若い作家」
って言われたんだけど、 堀江、挨拶もしてくれへんかったよ?(笑)
|
| 堀江 |
テーブルも大きかったし、僕、遅刻しちゃって。
もう披露宴が始まっちゃってたんですよ〜。
で、タイミングが見つけられなかったんです。
それに僕がついた頃には、もうテーブルの温度
上がっちゃってましたから(笑)。 |
| 高須 |
せやったっけ!? どんなこと喋って盛り上がってた?
|
| 堀江 |
たしか、コース料理を食べてるそーたにさんの行動を
みなさんで面白がってたような気が…。 |
| 堀江 |
で、ちょうど高須さんにスピーチが回ってきたんですけど
高須さんが挨拶した後、予定になかったそーたにさんへ、
いきなりマイク渡しちゃったんですよ。 |
| 堀江 |
急なマイクのパスに、あわあわしちゃってましたね(笑)。 |
| 高須 |
作家デビューして、「元気」やってみて、堀江は
この世界をどう思ったの? |
| 堀江 |
想像以上に刺激的でした。作家が紙っぺら一枚に書いた企画が
爆発的なヒットを呼んだり、こんな夢のある世界があるのかと。
それと同時に感性だけではやれないことも痛感しました。
大胆な発想をどこまで緻密に詰められるか、
そんなデリケートな 職業だとだんだん分かってきて。
自分は大丈夫かな、やっていけるのかな、と思いました。
そーたにさんや、おちさん、都築さん…
あの3人の背中を見てるとイヤでも不安になったっていうか。 |
| 高須 |
あそこは同じような年代で、いいライバルだし。
お互い刺激しあってて、3人ともがいい作家だもんね。
でも、その先輩達を見て仕事ができるって言うのは
いい現場(会社)だったんだねー。 |
| 堀江 |
そうですね、3人ともタイプが全く違いましたから、
それぞれにいいエキスをいただいて、学ばせてもらった感はあります。 |
| 高須 |
で、その3人に後輩として呼ばれて一緒に仕事をする、という
パターンが多かったの? |
| 堀江 |
そうですね。『お笑いウルトラクイズ』とかも
その流れでやらせていただきました。 |
| 高須 |
じゃあ、堀江が自分で
「おっ。俺、この世界でやれるじゃん」と思ったのって、いつぐらい?
「そこそこやれるなぁ」と思った番組っていうかさ…。
|
| 高須 |
いや、堀江の上の層がものすごく厚いやんか。
その3人をはじめとして、上がそれだけ揃ってて
「自分もやれる!」って思うのなんか、相当難しいと思うのよ。
|
| 堀江 |
確かに……いつまでたっても「自分が何者でもない」というのが
かなりのプレッシャーでしたね。 |
| 高須 |
いっつも自分は下でやってるなぁ、このままで大丈夫かなぁ、とか…。
|
| 堀江 |
そうですねぇ、そこは非常に厚い岩盤みたいなものですからね。
うーん、いつぐらいだろう……すごく時間はかかったように思います。
|
| 高須 |
(目がニヤニヤしたまま)あれっ?堀江。
今「時間かかった」って言ったってことは もしかして…
もうぶち破った?上の鬱陶しい岩盤を〜。 |
| 高須 |
どこからか自信がついた時期っていうのはあったでしょう。
|
| 高須 |
あれぇ、にごすなぁ、そこらへん(笑)。
まぁ、でも俺はどこかでその岩盤破りの匂いを感じた…のかなぁ。
3、4年前に『気分は上々』がリニューアルする時に、
誰か新しい作家を入れよう、という話になったんよね。
俺は、その時に「堀江がええんちゃうかなぁ」と思ったのよ。
そしたら安田くん(気分は上々の現プロデューサー)も
「いや、僕も堀江ちゃんに頼もうと思ってたんですよ〜」って言うから
あぁ、それで決まりやね、という話になったんよね。
|
| 堀江 |
高須さんが僕を推して下さったというのを後で知った時、
意外…というか不思議なだあと思ったんですよ。 |
| 高須 |
いや、ずっとなんとなく引っかかってたのよ。
「堀江ってどうなのかなぁ…どんなことをするんやろなぁ」って。
で、いろんな人に聞いても「堀江っていいよ」「堀江はおもしろい」って
聞いてたからね。
だけど、俺自身は接点無くて、それを直に知ることはできなかったから
お願いしてみたい、一緒に仕事できたらな、と思ってたんだよね。
けど、あの頃入ったときって、そんなに(番組)やってなかったよね?
|
| 高須 |
変わっていくねぇ、そうなってるんだよねー。
やっぱり岩盤破った!って感じだねぇ(笑)。 |
| 堀江 |
いやいや、自分なんてまだまだですって(笑)。 |
| 高須 |
いやー、このへんで「堀江、岩盤破りました!」のを
アピールしといてもいいんじゃないの〜? |
| 高須 |
だけど、この三年ぐらいでそれだけ本数増えてるってのはすごいよ。
いやー、若き「お笑いの虎」やね。
「放送作家の虎」!! |
| 堀江 |
ど、どうなんでしょう、その「虎」ってのも、なんだか…(笑)。
言葉にされるとすごく居心地悪いんですけど…(苦笑)。
|
|
|
|
|
|
|
|
|