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十一回目ゲスト 海老克哉さん(KATSUYA
EBI)
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1965年 東京生まれ
プロレスラーへの夢破れて放送作家に
主な担当番組は 「進ぬ!電波少年」「雷波少年」「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」
「どっちの料理ショー」「ピカイチ」 「モー。たいへんでした」「あいのり」
「サタ☆スマ」「メントレG」 「タモリ倶楽部」
「出没!アド街ック天国」等
年上の妻と娘と、ラブラドールリトリバー(オス)
との4人暮らし
趣味 :カジノ、麻雀、雑誌乱読、スニーカー収集
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| 高須 |
あー、やっぱりそんな感じはするよなぁ、なんとなく。
どんな子供やったん? |
| 海老 |
僕は小学校四年から進学塾みたいなとこに通
って、
全国で三番、とかいう成績になったりしてた、真面
目な子供だったんです。
で、絶対合格間違いなしって言われてた某私立中学を受験したら、
それが見事に落ちちゃって(笑)。 |
| 海老 |
そのまま公立中学に通うことになったんだけど、
そこはもう金八先生全盛期だったからってもあったんだろうけど
窓ガラスとかガンガン割っちゃうような学校で。
自分は試験に落ちてこの学校へ仕方なく入ったから、
窓ガラス割ったりするような奴らとは格が違うんだ、みたいに思ってたはずが、
どうもその空気に馴染んでいって楽しくなってる自分がいて…。
結果的には、学ランの裏に龍が入ってるような学生時代を過ごしてましたよ。
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| 高須 |
あ、そっちの方向へ、するっと入ったんや。(笑)
でも、そこからどうして「テレビ」ていう世界に入ろうと思ったん?
きっかけって? |
| 海老 |
何だったろう…足掛かりの最初は放送作家集団の
「オフィスぼくら」がきっかけだったんですけど。 |
| 海老 |
「ぼくら」が開いてた、放送作家セミナーみたいなのに
参加したのが最初ですよ。 |
| 海老 |
…高校生ぐらいの時にちょうどおニャン子クラブが全盛で、
放送作家としての仕掛け人・秋元康の名前が結構知られ出してて、
それで…言い方としては傲慢になるかも知れないけど、
「自分にもできるんじゃないか」と思ったんですよね。 |
| 海老 |
うん、まだ全然、あっちこっちでやんちゃしてた時期。 |
| 高須 |
そんなやんちゃな、龍の刺繍入ってる学ラン着てたような少年が、
一応テレビを見て、何となくできそうな気がしたわけや(笑)。
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| 海老 |
生意気にも、才能があると思ってる自分がいたわけですよ。 |
| 高須 |
まぁねぇ、そんな時期はみんな、そういう部分あるわな。
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| 海老 |
俺はそういう部分、人一倍あるから。
だから、何とかして関係者に知り合えればオーケー、と思ってた。
知り合うためだけにそのセミナーに参加してたんじゃないかな。 |
| 高須 |
そこまでの自分の信じるチカラは、俺には無いなぁ〜。
誰か、あのタレントさんに会いたいとか、
憧れの有名人に会いたい、とかそういう原動力は無かったの?
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| 海老 |
今でも、タレントさんとご飯食べに行くことなんか、ほとんど無いもの。
芸能人にも、芸能界にも興味が無い。
チャンネルを押せば出てきて、マスを抱え込んでるその装置と仕組みが
おもしろいからテレビの世界に来ただけなんだと思う。 |
| 高須 |
その後、そこそこ軌道に乗りだして「ぼくら」を離れて、個人になってからは?
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| 海老 |
もう個人事務所で、嫁さんに経理を任せて、それっきりって感じです。
ただただ仕事するだけで、別に儲かってるって実感も無いですし。
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| 高須 |
そうは言ってもなぁ、山ほどこなしてるわけやし…。 |
| 海老 |
そんなこと言い出したら、高須さんの方が実感あるでしょう。
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| 高須 |
ばんばん話が飛んでしまうけど、今一番長く一緒にいる演出家、
「電波」の土屋さんとの出会いのきっかけって何やったん?
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| 海老 |
土屋さんは、ある日突然電話がかかってきたんですよ、
会ったこともないのに。 |
| 海老 |
「新番組やるんだけど、戦力になってくれないか」って
唐突に電話で言われて…まぁ、当時さすがに
「やりますか、やりませんか?」とは訊かれなかったけど(笑)。
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| 海老 |
でも、ノリはそんな感じで、いきなりでしたね。
あの方はディレクターとして、おそらく当時から作家の
リサーチをいろいろやってらしたんだと思いますよ。
じゃなければ、電波の作家陣なんて集まるわけないし。
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| 高須 |
それは絶対そうやって。ほとんどまだ駆け出しやった作家を
あれだけ集めて、今やほとんどがチーフクラスって、異常やもん。 |
| 海老 |
当時は本当に、ゲリラ集団のようなチームだったから。
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| 高須 |
俺はだから、すごく羨ましかったんよ〜。
土屋さんが誘ってくれて、それを俺は当時、断らざるを得ない
状況やったからね。ダウンタウン以外の仕事を、うまく引き受けられへん
環境やったからさ。
「電波」が始まる前、まだ編成局に居てはった土屋さんが、
よく「ガキの使い」の会議に「編成の人間」として来てて、
編成の立場から、意見出したりしてはったのよ。
番組初期のあの頃に、土屋さんがポロッと言った企画も
結構やったんじゃないかなぁ。
俺の「テレクラドッキリ」なんかもそうだと思うんだけど、出演もしてたしね(笑)。
その頃からこの人、優秀やなぁと少し思ってた。
「フジテレビには十年は勝てないだろうなぁ」って、ボソッと
当時言うてはったしね…。
で、土屋さんが引き連れたメンバーが実際に日テレを立て直した、
てのも、今や事実としてあるわけやからさ。 |
| 高須 |
あの人はやっぱり、すごい演出家であり、作家なんやと思うなぁ。 |
| 高須 |
さあ、そんなこんなでだいぶ話したけど、今後ってどうするの? |
| 高須 |
飽きてるやろ?分かるよ、その気持ちは。
テレビコーディネーターになってしまうと、情報もあって、
仕組みも分かって、テクニックもあって、タレントもそこそこ知ってて、
じゃああとは何が吸収できるか、てとこにまで
来てしまってるからね、きっと。 |
| 海老 |
歳とっていってもそこそこやれそう、みたいなレールは
何となく安定してそこにあるような気がして…つまんないかなぁって。
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| 高須 |
でも作家としては、絶対に感性の部分が落ちてくるやん。
歳を取っていったら、必ず大勢の流れとは「ずれ」が生じてくる。
そのずれをどうすんねん、みたいなことって無い? |
| 海老 |
俺は…多分、頭ハゲ始めたら一気に坊主にしてしまうようなタイプだから(笑)。
だから、グルッと一気に、全部捨ててしまうと思う。
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| 海老 |
禿げていってるって分かってて、なおかつその毛が一本一本
抜けて減っていく、枯れていく様を見つめ続けるなんてできないもん。
それが怖いから、後退しだしたと自覚した時に
一気にガバッと剃っちゃう。絶対。 |
| 高須 |
分かるよ、耐えられへんねん、その現実に。
周りから噂されてそうやもんなぁ。
それやったら潔くっ、て思うんやろね、俺らはね。怖がりで。
だけどさ、その坊主にするっていう「いっそのこと」な行為って
どんなことなんやろう?作家にとって。 |
| 海老 |
リタイアするしかないでしょう。ガバッと職種変えるぐらいしか、
夢のあるとこ行こうと思ったら、ねぇ。 |
| 高須 |
じゃ「放送作家」の延長線では、こうなりたいとかってビジョンは
あんまり無いんや? |
| 海老 |
無い…うーん、無い…とは言いながらも…何だろう…。
俺はこのまま、人生かけてもいいっていうようなタレントに
出会わないのかなぁ、とは思いますね…。 |
| 海老 |
秋元さんには「とんねるず」という存在がいて、
高須さんには同級生ってこともあるだろうけど「ダウンタウン」があって…。
ビジネス的に思うのか、情で思うのか分からないけど、
才能あるタレントと作家の、そういう繋がりってあるじゃないですか。
そういうものに俺は出会わないままなのかな、とは思ってるんですよね、
心のどこかで。 |
| 海老 |
会わずに終わるのかなぁ、とも最近は思いつつ、
どこかで期待を捨てきれない自分も、まだ、居る…。
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| 高須 |
…俺はもう小学校から松本と浜田を見てて、
「こいつはおもろいなぁ〜」って思い続けてるからなぁ。 |
| 高須 |
あいつらが芸能界入る、て言い出した時も、全然いけると思ったし、
その頃は「紳助・竜助」とか全盛の漫才ブームやったけど、
それでも絶対凌いで売れると思ってたし…。
そこから来てしまってるから、俺はまた「出会った」「出会わない」
ていうんでは無いような気がしてるんよね、自分で。 |
| 海老 |
うん、それはそれでまた違うんでしょうね。
例えば鈴木おさむとSMAP、みたいな…そういうものに
出会わないまま、流れ板のように演出家に呼ばれるまま
出張料理、みたいなことを続けていっちゃうのかなぁって(笑)。
そう思うと、少し寂しかったりもするんですよ。 |
| 高須 |
いや、海老ちゃんは演出家と、ていう流れなんと違う? |
| 高須 |
それもそれで、タレントに巡り会うのと同じぐらい、
稀少なことやと、俺は思うけどなぁ。 |
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御影湯 海老克哉の湯 おしまい
「海老さん、お忙しい中、たくさんのお話をありがとうございました!!」
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