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 八回目ゲスト 三木聡さん(SATOSHI MIKI)
名前 三木聡 さん
1961年8月9日 横浜市出身。

現在、笑う犬の生活、 TV’S・HIGH、 シネパラ、 北半球で一番くだらない番組…などの番組でコントを書く。
2000年まではシティボーイズライブ・作・演出。
短編映画 「まぬけの殻」脚本・監督。
ダウンタウン
三木 それにしても「ごっつ」に関わったりしてた、
あの三年間の 刺激は本当に大きかったね。
松本人志の発想は当然凄いし、
そこを支えてるスタッフも やっぱりすごかったよ。
高須 俺が当時、三木さんの言った言葉で忘れられないのは、
「ダウンタウンがこれだけテレビに出て、ゴールデンで
やっていけてるのは、本来は深夜でなければやっていられない、
理解されない感性の笑いを、ゴールデンでも分かってもらえるように
工夫して、そこへ向かって努力し続けたからだ」っていう意見。
自分たちなりに工夫して、自分たちのカラーをたくさんの人に
受け入れてもらおうと試行錯誤したことが、彼らの凄いところだ、ってね。
分かってくれる人だけに分かってもらえればいいや、て いうんじゃなくて、
いやいや、もっと分かってもらわなくちゃ と、
松本と浜田が頑張ったところが偉いんだ、違うんだ、と 三木さんが言ってて、
それは本当にそうだなぁって、俺は思ったのよなぁ。
三木 やっぱり「出演者」として革命的だったよね。
漫画で吉田戦車が、4コマ漫画の一コマ目にオチを持ってきて、
それ以降のさらなる発想の広がりまでを漫画にしたみたいな
新鮮さっていうのかな…世間がダウンタウンを認める
素地みたいなものは『スネークマンショー』がオンエアされた頃に
確かにあったんだろうけど、そこに妥協せずに
もっともっとたくさんの人にって努力をしたことが、凄かったんだよね。
時代と共にVTRの技術が発展して、テレビの素材として
スタジオと同じくらいロケの素材が重視されるようになった時代に、
たけしさんはすごく優秀な「コメンテーター」だったんだと思うんだよ。
それはだから、テレビの技術革新と共にうまく歩んできた才能だったと思うわけ。
だから、伊藤さんと一緒に革命を起こして来られたんだと思う。
高須 なるほどね。
テレビが変わる時に、必ずそれを担う革命家が生まれるっていうのはあるよね。
三木 萩本欽一さんもテレビが始まった頃に、やっぱり革新を 起こしてるしね。
テレビの形を知ったからできた、というか。
高須 ロコモーション系作家のみんなが言うのは、『ごっつえぇ感じ』
という番組には、やっぱり圧倒的なオリジナリティがあったんだ、と。
それが今でもなんだか嬉しくてね。
コントにしても、VTRものにしても、笑いの進化みたいなものが
あの番組には確実にあって、 それを本当に理解して笑っていた人は、
そうはいなかったんじゃないかな。
圧倒的に「うわ、すごいっ」と感じられる、コントが あって、
そこに「芸人の技」みたいなものがかみ合って 見たことのない、
新種の笑いがスタジオにゴロゴロ落ちてたもん。
三木 「ごっつ」が中盤にさしかかる頃って、どの番組も
CMのまたぎっていうのを気にしだしてたじゃない。
でも、そんなん全然気にしてない作りだったもんね(笑)。
高須 関係なかったね(笑)。
三木 きっちりコントが終わってからコマーシャルなの(笑)。
高須 だけどそれで二十パーセント叩き出してた時代が、 確かにあったからね。
それはそれですごいことやと思うよ。
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