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六回目ゲスト 村上卓史さん(TAKAFUMI
MURAKAMI)
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「学校へ行こう!」「さんまのスーパーからくりTV」
「ウチくる!?」「TOKYO−BOY」などの
バラエティー番組と「SRS」「BOON!」などの
スポーツ番組を10数本担当。「オリンピック中継」
「世界陸上中継」「世界バレー中継」 「プライドシリーズ中継」などにも参加。
高須さんとは「ジャンクSPORTS」「人気者でいこう!」の
二本で一緒。 その稼ぎの多くの岩手競馬に注ぐ。現在、2頭の馬主。
夢は愛馬の中央G1制覇。 |
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| 高須 |
いやー、何回対談やっても、この「初めて感」っていうのは
変な雰囲気やな。村上くんとも、こうやって改まって
話をするのは、初めてなんよなぁ。 |
| 村上 |
僕はホームページ見させていただいてて、だからもう、
この対談で自分を呼んでいただいたってのが嬉しくって。
僕なんかでよろしいんでしょうか。 |
| 高須 |
いや、もう、今日はがんがんと村上くんのスポーツ談義を
聴かせてもらえればと思うよ。 |
| 高須 |
もう、みんなに尋ねてることなんだけど、まず村上くんが
放送作家になったきっかけっていうのは? |
| 村上 |
僕は『元気が出るテレビ』の「放送作家予備校」です。 |
| 高須 |
…出た…また来たよ、コレ。(笑)
あそこの企画から出てきて活躍してる作家ってほんまに多いんよなぁー。
伊藤さんの人を見る目って、ホントにすごい。
村上くんは一期目? それとも二期目? |
| 村上 |
第二期のほうで、おちや都築と同期になります。
でも、実は僕『元気が出るテレビ』見てなかったんですよ。
いつも日曜の八時って大河ドラマ見てたんで(笑)。 |
| 村上 |
大河ドラマって、きっちり八時四十五分までじゃないですか。
で、終わってからたまたま日テレにチャンネル変えたら、
「元気」の最後の募集告知の部分だけを見ることが出来て、
なんか「作家予備校」って出たから、じゃ出してみようかな、
と思って出しちゃったんですよ。 |
| 高須 |
番組も見てなかったのに、なんで応募しようと思ったん? |
| 村上 |
大河ドラマっ子とは言っても、それは大学時代のことで、
その頃はわざとNHKを見ようって感じで見てたんですけど、
もっと小さい頃は『ひょうきん族』とか好きで見てたんですね。
で、何となく、バラエティ番組に関わっている裏方さんとしての
「放送作家」っていう職業は覚えてたんです。
そしたら、何て言うんでしょう…。
スターを裏で操ってるような職業だ、っていうイメージがあったもんで、
ちょっといいなぁ、とか思っちゃってたんですよね(笑)。 |
| 高須 |
あー、それ分かるような気がするなぁ。
高田文夫さんとかが、 ほんのちょっとだけ露出してくるあのイメージは、
確かに、小気味いい〜立ち位置って感じしたよね。(笑)
だけど、例えば放送作家以外に具体的になりたい職業とかってなかったの? |
| 村上 |
うーん。具体的にはあんまりなかったんですけど、
自分にとって楽しくて嬉しいことが何かって言うのを考えたら、
それはやっぱり人が笑ったりしてるのを見るのが好きだったんですね。
自分が直接人を笑わせることは出来なくても、間に入って、
間接的にでも、その「しあわせな感じ」に関われていたらいいな、と思ってて、
そういう職業に就ければなぁ、とは、ずっと。
だから放送作家はなれたらいいな、というか、意識をしていた
職業ではあったんですよ。 |
| 村上 |
で、そんな放送作家像を思い描いたまま、
まぁ、応募をして、その翌週ぐらいは番組見ておかないとな、と思って、
それから初めて『元気』を見たんです。
そしたら、割とすぐに面接の電話連絡が来て、
僕はテレビ局のシステムとか全然知らないもんだから、
あー、これで面接試験に受かったら、
きっと日本テレビに就職できるんだ、とか思っちゃってて。 |
| 村上 |
いや、もう、本気でそんなこと思うぐらい、テレビの仕組みとか
放送作家の仕事を全く知らなかったんですよ。 |
| 高須 |
村上青年は、意気込んでたわけや。
「よ〜し、これで僕も明日から日本テレビの局員だぜ」と(笑)。
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| 村上 |
真剣に思ってましたね。局じゃなくても、まぁ、
どっかの関連会社には入れてもらえるんだろうな、って。
でも、いざ面接行ってみたら、『元気が出るテレビ』は
日本テレビでオンエアしてるけど、この企画はIVS(制作会社)が募集しているので、
受かった人はそこの関連の「ロコモーション」という会社に
所属してもらうことになります、とかってつらつら解説されて、
その時点で大混乱(笑)。 仕組みがさっぱり分かんないわけですよ。
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| 高須 |
でも、なんとなく「日本テレビじゃないらしいぞ」というのは
分かったんや(笑)。 |
| 村上 |
あれ〜っ? おっかしいなぁ〜、違ってるみたいだぞ〜、と(笑)
そして、当時のアシスタントプロデューサーだった方が登場してきて、
頭とかパンチパーマで、しかも真っ黒のサングラス。
大学生だから、そんな大人の人を見るのも初めてでしょう。
やばいぞ〜、日本テレビのはずだったのに、なんでこんなことに
なってしまっているのだー、と、変な汗出ましたよ。
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| 村上 |
全部でたぶん、百人ぐらいが集められて、順番に四人ずつぐらいの
面接をしていきました。確か、第一期で受かった先輩の作家さんにディレクター、
後はテリー伊藤さんも途中からいらして、その方々が面
接官。
で、履歴書を提出しておいて、ネタを持って面接に望むっていう…。 |
| 高須 |
なんか、ピリッとしたようなことを言ったの?
面接官がおおっ!!と、うなるようなネタを言ったとか。。。
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| 村上 |
いや、僕は提出したネタよりも、ただ自分が大学一年の時に、
一ヶ月間中国をふらふらして回ってた、という旅行の話で
盛り上がってしまったんです。
そしたら、僕、青山学院大学出身なんですけど、
当時「青学」って言ったら結構お坊ちゃん学校のイメージありましたから、
そんな中で中国行ってふらふらしていたというギャップが珍しかったみたいで。
それがポイントだったのかもしれませんね(笑)。
だから、ネタの方はあんまり話題にならなかった。
パラパラっと目を通して、
「んー、悪くないけど、 『元気』っぽくないネタだよね」
とか言われちゃって。
そりゃ一回、二回しか番組見てないから当たり前だったんですど(苦笑)。
でも、中国が良かったのか何なのか、面接通ってしまって、
最終的に絞られた15人がロコモーションに集められ、
第二期作家予備校の作家陣、てことになったんです。 |
| 高須 |
なるほどなぁ〜。
何がどうポイントになるか、分からんもんやねー。 |
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