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四回目ゲスト 鈴木おさむさん(OSAMU
SUZUKI)
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1972年4月25日生まれ 千葉県出身
「SMAP×SMAP」 「サタ・スマ」「ぷっすま」「100%キャイーン」「内村プロデュース」その他、10数本の番組を担当
ラジオ
「木村拓哉WHAT'S UPSMAP」 「SILVAのオールナイトニッポン」の構成を担当
★高須さんとは、「めちゃイケ」「ウンナンのホントコ」「いきなり黄金伝説」
で一緒にお仕事してます。 |
| オフィシャルHP |
Thttp://www.osamushow.com/ |
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| 高須 |
…俺はなー、ぶっちゃけた話、
「スマスマあかんやろなぁ」と思ててん。 |
| 鈴木 |
いや、それは高須さんだけじゃないですよ。
スマスマが始まる当初、僕もいろんな人に言われましたもん。
こけるんじゃないか、いや、きっとこけるだろうって。 |
| 高須 |
この番組には責任を持ってやる作家が果
たして居るのかな、
というのも、俺はどこかで思ってたしね。
言い訳を考えながらやっている作家もいるし、 簡単な作りになってしまうんじゃないか、と。 |
| 鈴木 |
スマスマがまだ始まる前の会議で、
僕は 「ショートコントやりましょうよ」って言ったんですよ。
そしたら、それは今でも覚えてるんですけど、
明らかに会議全体のムードが 「できるわけないだろ〜、アイドルに〜」
ってなっちゃって
。みんなが口に出さないんだけど、 そういう空気が明らかに伝わってきて、
僕はなんでだろう??と思いました。
僕は「夢がMORIMORI」にも「がんばりましょう!」にも
参加してなかったんで、
テレビ上のスマップが どうなのか、という認識が浅かったのかも知れないんですけど、
少なくとも木村とラジオをやってきた流れの中で、
「彼はできる!!」と絶対思ってましたから、 そのコント構想を荒井さんに言ったんです。
そこから、あの「古畑任三郎」のパロディコントが
できていったんですけど、
荒井さんがその時に、 まだまだ若手だった僕に、
そのコントの全部を任せる、と 言ってくださったんですね。
それって、すごく勇気の要ることだったと思うんですよ。
自分がそれを成功させられるかどうか、とかじゃなくて。
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| 高須 |
確かに、それは(プロデューサーとして)すごい決断やね。 |
| 鈴木 |
(荒井さんは)すごいなぁって、ホント他人事のように
思っちゃうぐらいでした。
番組始まって一発目の、15分のコントですから そりゃ責任重大でしたし。。。
結局、そういう風な流れが決まってからは、木村と何度も
打ち合わせて、
本人がこうしてみたいって言うのを 取り入れながら、
もちろんいろんな方のチカラをお借りしつつ、 でも最後まで台本を書かせていただきました。
これが僕にはすごく大きな自信になりましたね。 |
| 高須 |
そういうのって、すごくいいと思う。
若手の作家にそういう場を与えた荒井さんは、すごいなぁ…。
絶対にね、作家ってそういうことでぐぐっ、と伸びるねん。
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| 高須 |
ずっとずっと下の方で、もがきながら意見を出していってる…
その途中で、ふっと良いアイデアが取り上げられると、
そこからずばばばっ、と視界が開けて、会議の中での
発言力が、一気に高まっていくやんか。 |
| 鈴木 |
実戦に放り込まれた瞬間に、危機感も圧倒的に違ってきますしね。
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| 高須 |
そう、責任を持てるようになってくるねん。
で、そのプレッシャーに対応するために、やっぱりどうやったって
必死になっていく。
それまでは見えなかった企画の「粗」みたいなもんが、
自分自身の生命線に関わるからこそ、見えるようになってくる。
こっち危ないぞ…あっちがまだまだ怖いぞ…、
ここをこうしといたほうが安全だぞ。。。
更にはディレクターの力量までも計算に入れて、
一体どこまで 作家として作り上げておいたほうがいいのか、
ってことまでがはっきりと分かってくる。
それは「任されて」みないと、絶対に分からない感覚やね。
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| 鈴木 |
だから、それを「任せる」方も勇気ですよね。
何たって「初めて」なわけですから、なにがどうなるか
分からない。
賭みたいなもんじゃないですか。 |
| 高須 |
でも作家が伸びるか伸びないか、というのは、
そういうタイミングが訪れるかどうか、ってとこ、あるよなぁ。。。
作家に限らず、どんな現場でも、職種でも、
若い人間に冒険させてみるっていうのは、失敗したら失敗したで
上の人間の力量も問われてしまうしね。
でも、おさむにもそういうパワーアップのきっかけが、
しっかりとあったんやなぁ。。。 |
| 高須 |
俺自身のそういうきっかけは、「ごっつえぇ感じ」の時。
それまでは「夢逢」でも同じようにコント書いてたけど、
ほとんど相手にされる感じじゃなかった。
もちろん若い作家っていうのもあったし、 大阪弁で何言ってんだ、みたいなムードも強かった。
とにかく、コントがスムーズに(会議まで)通ることって
ほとんど無かったなぁ。
「夢逢」では星野さんのチェックを通過して初めて、
下の作家群の台本がダウンタウンやらウンナンが参加してる
会議にまで持って行かれるんだけど、
もう「これこそを会議でタレントに見せて欲しい!!」というコントが
ことごとく 星野チェックの段階で省かれてしまう。
後に聞いたら、「お前のコントは濃い」っていう理由やってんけど。 |
| 高須 |
『夢で逢えたら』っていうのは
「野沢直子が売れるための番組」なんであって、
番組を引っ張っていくのがウンナンでも、ダウンタウンでも、
それは成立しないんだ、と。
あくまで野沢が中心にいることで、番組全体のトーンを保っていて
その微妙なバランスを出すべきなんだ、というのが当時あったから、
そういう意味で俺のコントは「ダメ」だったわけ。
もちろん、その(野沢メイン)て事も後々から教えられて
いつしかようやく納得できたことやけどね。
やっぱり当時は若いから、 教えられたところでそう簡単には納得でけへんかった。
「ダウンタウンとウンナンがおもろく見えたら、 それでええやんけっ」と思ってコントを書き、
しかしそれは、番組の方針として「濃い」という判断でしか
無いから、
どんどんどんどんボツにされていくわけよ。
そして若い作家にはありがちやねんけど、 俺は、ある日松本に愚痴ったわけ(笑)。
「松本ー、俺こんなん考えてんけどボツになってん」
「どんなん??」
そして、ボツになったコントを説明して、 「うん、それおもろそうやん」
「せやろー!?なんでボツやねーん!!」 ってこともあったりしたなぁ。
作家が演者に愚痴るって、本当は最低やけどね。 |
| 鈴木 |
気持ち分かりますよ(笑)。だって、そこに言うしか無いっすもん。
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| 高須 |
更にすごいことには、「ごっつ」が始まってすぐの頃、
俺、週に80本のコントを書かなあかんかってん。 |
| 高須 |
一つのテーマにつき、コントを10個。
例えば「味噌汁」で、10個。
これがだから、 「味噌汁」「魚」「おやじ」で来たら、それだけで30個やろ??
そして更に、同じキャラクターでの続きものでのショートコントが
10本で、計40本。
これが2セット、一週間。 |
| 高須 |
その上、週の途中である程度できて提出したら、
それを星野さんが見て、ダメと判断されたテーマは、また10本再発注がくる。 |
| 高須 |
もう、マジで死ぬかと思ったよ。逃げ出したかったもん。
俺と、アンチャン(ウッチャンのいとこで作家をしている)と、
乙川さんと、
和泉…チャダも居ったかな… あとオガちゃん(小笠原さん)…。
このへんの若手にショートコントは全部回ってきて、
上の作家さん達はコメディ部分だけ考えて、 ショートコントを選抜していくだけ。
もう「それやったらお前等が考えろよーっ!!」てなもんや(笑)。
もちろんそれらのコントはほっとんどタレントまで届かないし、
自信のあるコントほど採用率は悪いわけだから、もう効率最悪。
そしたらある時、星野さんがさすがに効率悪いね、って
言い出して、
松本にもう全部、事前チェック無しで どーんと持っていこう、という話になったのよ。
ちょうど松本もたくさんの台本を見ておきたい、と
言い出してたからね。
自分たちのゴールデン看板番組で気合いも入ってたし。。。
そういうシステムになったから、とりあえず 事前チェックの再発注は免れてん。
一週間に一度、ダウンタウンまで 全部のコントが行くってことで。 |
| 鈴木 |
そのシステムに至るまではどのぐらいの期間があったんですか??
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| 高須 |
みんな死んでたよ、明らかに。
でも、システムが変わった途端に俺は自分のコントが
どどどどっ、と採用されだしたんよ。
すると、必然的にたくさんの人がいる会議に出て、
発言をする機会に恵まれていくやんか。
会議中にビデオを使って、来週オンエアされるコントをチェックする。
みんなが自分の考えたコントで笑う。 それだけで圧倒的に意識が違ってくるやんか。
それが転機と言えば転機やったような気がするなぁ。。。
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| 鈴木 |
絶対違ってきますよ。 だってそれは、自信持ってもいいよ、てことなんですから。
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| 鈴木 |
だけど、その「古畑」のコントをやった頃は、
絶対に僕は、周りからよく思われてなかったと思いますよー。
ただ木村拓哉に引っ張られてきて、それだけで…とか。
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| 高須 |
それは仕方のないことやって。
俺にもあったもん。
松本の友達だからって、 なんだよこいつ〜、みたいな妬みは、どうしてもあるって。
でも、だからこそ良かった部分もたくさんあるやんか。 |
| 鈴木 |
うん、そういう立場だからこそ、大事な場面
で打席に立たせてもらえる
機会を得て、その信頼の中でヒットやホームランが
打てた時の
「きっかけ力」は、それはものすごかったですよ。
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| 高須 |
普通は、その打席にすらなかなか立たれへんかったり
するんやろうし、
もちろんチカラが無ければ そういう機会も与えてもらえない、
というのは あるんやろうけど、それでもその機会が
「早く訪れる」という点で、
絶対得はさせてもらってるよな。 |
| 鈴木 |
だって僕、「古畑」やらせてもらったの、23歳の時ですもん。
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| 高須 |
それは早いよ。 俺、自分が会議で発言させてもらえるようになったのって、
27歳ぐらいの頃やったと思うからー。。。
でも、きっとそんな巡り合わせも必要だったからこそやと、俺は思うよ。
スマップと同世代で、一緒に、こう上っていくような
綺麗な上昇気流でもって、
お互いを引っ張り上げていくような環境を、 きっと知らず知らずに作っていってたんちゃうかなぁ。 |
| 鈴木 |
僕は本当に彼らからいろんな仕事が派生してますからね。
高須さんは、そういうのありますか?? ダウンタウンから派生していったような仕事って。
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| 高須 |
んー…そこがまた、芸人の座付き、みたいな作家の
融通の利かないところでなぁ、
「仕事の派生」というのに達するまでは、 ものすごく時間がかかった。
こっちのコンビを担当したら、あっちの芸人さんは
手出ししてはなりません、
みたいな空気が それはアイドルや、タレントさんよりもどうしてもキツイから、
抜け出すまでは結構時間がかかったほうやと思うよ。
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| 鈴木 |
確かに、芸人さんは縄張りがはっきりしてる部分がありますね。
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| 高須 |
スマップはほら、いろんなところにふわっと入っていける
要素が強かったりするやんか。
誰とでも共演するし、できるし。。。 |
| 鈴木 |
そうですね。そういう意味でも、僕は非常に
恵まれてたかもしれませんね。 |
| 高須 |
俺はやっぱりダウンタウンがなかったら、
今の俺は無い、とはっきり思ってたりすんのよなぁ。
座付きと言われて悔しいこともあったけど、 だからこその今やとも思うし。 |
| 鈴木 |
それは僕もそうですよ。スマップがなかったら、
今、僕はこうしていないですよ。
でも、だからこそ、スマップの仕事を一緒にやった
ディレクターの人とかから、
全く別のタレントさんを 使うような、そういう繋がりのない仕事に誘ってもらえる時って
すごく嬉しかったりしますよね。 |
| 高須 |
分かる分かる。快感があるよなー。
でも、そういういい意味での「払拭」を、その歳で
できてしまってるおさむは、
やっぱりすごいと俺は思う。 環境の違いあれど、俺はなかなかでけへんかったもんなぁ。 |
| 鈴木 |
それは、スマップ自身が天下を取るのが早かった、というのも
ありますから、
一概には僕は何とも言えないですけど…。
でも、芸人さんよりもいろんな演出家の方と仕事ができる機会が
多いのは確かですよね。
それはすごく勉強になってます。 |
| 高須 |
芸人さんは演出家が固定してしまうことの方が多いからな。
番組作りという点で様々な形を吸収していける分、それは
作家としてもすごく大きいと思うよ。 |
| 高須 |
どうなっていきたいのかなぁって。
最近は、ほれ、テレビに出たりもしてるしさー。 |
| 高須 |
またまた〜。 そんなん言うて、何か企んでるんちゃうん?? |
| 鈴木 |
うーん…どうなんでしょう(苦笑)。
放送作家系の仕事…例えば、ドラマの脚本とか、
そういうのは、
この仕事を続けていければやってみたい分野では あるんですけど。。。
そうじゃないところで一つあるとすれば、 僕、32歳ぐらいになったら、
地元でラブホテルの運営で ビジネス始めたいと思ってるんです。 |
| 鈴木 |
いや、笑い取りたくてこんなこと言ってるんじゃなしに、
マジでビジネスとしてやってみたいんですよ。 |
| 鈴木 |
実家の近く、まったくそういうホテルが無いんですよ。
やれば絶対、もうかりますって。 |
| 高須 |
作家もやって、ラブホテルもやっちゃうかー。
それは是非実現してくれよー。 |
| 鈴木 |
頑張りますよ、もう。 実家のスポーツ店がこてんぱんにされましたからね、
これはもう商売の領域でもって、同じ地元でリベンジですよ。 |
| 高須 |
頑張れ、おさむ!! も、どんどん銀行から金借りて頑張れ(笑)。
うあっ!!会議の時間過ぎてる!! |
| 鈴木 |
いっぱい、ただ気の向くままに喋っちゃったんですけど、
こんなんで良かったんですかね?? |
| 高須 |
大丈夫大丈夫。 今日はほんまにありがとうございましたっ。 |
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というわけで、急ぐ二人の背中を見送って、
今回の対談はお開きとなりました。
人と人との繋がりこそが、人生を形作っていく根幹なのかもしれない
などと思いつつ、そこにはまた才能も必要だよなぁと、しみじみ。
どっちが欠けてもいけないらしい。
自分には、いったいどれほど備わっているだろーか。
そして備わっていないのだとしたら、はて、どんな風にして
補うがよろしかろーか。
なんにしても、自己把握能力のものすごさを
お二人の言葉の端々に垣間見た今回の対談なのでございました。
御影湯鈴木おさむの湯おしまい
「鈴木さん、お忙しい中、たくさんのお話をありがとうございました!!」
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