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 一回目ゲスト 中野俊成さん(TOSHINARI NAKANO)
名前 中野俊成 さん
1965年5月23日生。 富山県出身。
放送作家として第一線で活躍中。
過去に携わった主な番組として、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』 『進め!電波少年』『愛の貧乏脱出大作戦』『炎のチャレンジャー』『ウリナリ』 『ナイナイナ』『気分は上々』等がある。現在は、『大改造!劇的ビフォーアフター』 『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』『ロンドンハーツ』『内村プロデュース』 『爆笑問題のバク天!』『アメトーク』『恋するハニカミ』『サルヂエ』等、 十数本の番組を抱える。
また、『大改造!劇的ビフォーアフター』(2003年)
『全国一斉IQテスト〜テスト・ザ・ネイション』(2004年)において、
2年連続ATP賞情報バラエティ部門最優秀賞を受賞。
さらに、劇団ハラホロシャングリラを主宰、全公演の作・演出を手掛ける。
オフィシャルHP http://nakanotoshinari.cocolog-nifty.com/
中野 これは何を喋るんでしょーか。
高須 いや、特には決めてないねんけど、いろんな放送作家の人と
作家VS作家で対談をしていこう、という、ね。
中野 ほー、なるほど。
高須 そいでまぁ、一発目を中野くんにということで。
中野 はー、僕なんかで何かお話しできますかね。
高須 いやいや、作家になりたいーっ、と思ってる人たちにとって、
少しでも参考になるような話が、作家同士ならできると思うからさ。
ぼちぼち行こうじゃないですか。
高須 いや、特には決めてないねんけど、いろんな放送作家の人と
作家VS作家で対談をしていこう、という、ね。
中野 ほー、なるほど。
高須 そいでまぁ、一発目を中野くんにということで。
中野 はー、僕なんかで何かお話しできますかね。
高須 いやいや、作家になりたいーっ、と思ってる人たちにとって、
少しでも参考になるような話が、作家同士ならできると思うからさ。
ぼちぼち行こうじゃないですか。
 
高須 まず、作家になった、一番最初のきっかけって何やったん??
中野 僕は、ほら、渡辺プロですよ。
高須 えっ、渡辺プロってことは東京やんな。何を以て東京来たの??
中野 や、放送作家になろうと思って。
高須 あ、最初っからそうやったんやー。
中野 でもどうやったらなれるのかは全く分かって無くてですね、
そういう時にたまたま渡辺プロが放送作家のオーディションをやるっていうから、
それに応募をしたんですよ。そのオーディションを経てー、座付きになってー。
高須 座付きって、誰の座付き作家になったの??
中野 ビックサーズデー(業界初のお笑いタレント養成機関)を経てから、
ホンジャマカの座付き作家になったんです。
高須 じゃ、しばらくはホンジャマカの座付きとしてやってたんや。
中野 ええ、まぁ、座付きであったり、ちょっと一時期組んだりもして。。。
高須 組んだっ!?
中野 えっと…
高須 やってたん!?(笑)
中野 いやいや、まあまあ、少しの間ですけど…。
高須 えええー、ということはホンジャマカって一時期、中野くんを入れて
3人やったってこと!?
中野 いや、ホンジャマカってね、本来は十人ぐらいのグループだったんですよ。
僕はでも、結局作家向きだ、ということでグループを抜けて、
それから また田舎に帰ったりとか、いろんな理由で人の入れ替わりがありまして、
結果石塚さんと恵さんが組んで、今の「ホンジャマカ」っていう形に なったんですよ。
高須 えー、その時、ホンジャマカで何をしてたの、中野くんは。 コントとか??
中野 やってましたよー(笑)。
高須 あっらー。やってんねやー、そんなんー。 コントで台詞喋ったりしてたんやー。
中野 いやいや、そんなに喋ったりはしてないですよ。
僕はもう、喋らなくても いいよ、ていう役どころでしたから。
その時コントをね、いろいろ自分で書いたりしてたんですよ。
高須 そうなんやぁ…。
昔から自分で作って、演じるのも好きやったん?? 学生時分とか。
中野 これがねー…(渡辺プロの)放送作家募集に応募するときにですね、
ネタ見せがあるから、一分ぐらいのネタを作ってきてくれ、と言われて。
変な話だなぁと思って「あのー、放送作家志望でもネタ作んなきゃ ならないんですか??」
って訊いたら「はいそうです。お願いしまーす」で 片づけられちゃって、
こりゃ作んなきゃいけないなー、と思って初めて作ったんです。
高須 まったく一人きりのネタ??
中野 ええ、一人で。そいで、本選までいったんですよね。
高須 ほいで、ほいで??
中野 本選まで行って、そこでは落ちたんですけど、
その時に僕の恩師でもある 当時渡辺プロにいらっしゃった篠崎さんという方が
オーディションを見てて、 あいつはもう作家向きだから、
作家として取りましょう、という話になって。。。
それで一年間ぐらい、(渡辺プロの中で作家の仕事を)やらせてもらってたんですよ。
高須 それはー、でも、ありがたい話やよなぁ。
中野 ありがたかったですねー。
高須 普通、いろいろやったとしても、そんな渡辺プロの専属作家なんて、
やりたくたってでけへんもんね。
中野 そうなんですよ、だから僕が第1号だったんですよ。
高須 そうやんな。そう簡単には実現せぇへんことやもんな。
はー、すごい入り方してたんやなぁー。
ほいでー、コントとかやってはみたけど、やっぱり作家向きだという話に なって、
その後は?
中野 その後は恵さんが番組を持つようになって、その番組を手伝わないか?
と いうのが、一番最初のテレビのお仕事ですね。
高須 それなんていう番組?
中野 えーっと、、、ダンスユニットのZOOが出てた、
ダンスブームの先駆け みたいな番組で…『DA.DA』とかって言う…。
高須 あー、あったね、うん。
中野 あの番組がデビューだと思うんですよ。
そんなデビューですけど。。。知りませんでした??
高須 全っっっ然、知らんかったー。
中野 まぁ、こういうことをお話しする機会もなかったですからね。
 
高須 じゃ、そうやって放送作家になりました、と。
その時って「食える」と思ってた?
「オレ、放送作家でやっていけんのかなー」っていう、不安とかなかった?
中野 んー…あー…どうでしょうー…。
高校の頃はね、大丈夫、自分は放送作家で食っていけるーと思いこんで ましたけどねー。
高須 オレはね、放送作家をやる時に、正直…ほんま正直言うと、
東京で番組何本かやって、大阪で何本かやってたらええかー、と思ってたのよ。
そんなにね、10本以上(の番組)やるつもりも無いし、出来るとも思って 無かったし、
ゴールデンの番組をやれるとも思ってなくて。。。
だから、どこかで そんなもんでええ、と思っててん。
当時はこの業界に長く居る気も無かったし、
んー…なんかあるとしたら、それはフジテレビのゴールデンが やりたかってん。
『ひょうきん族』が好きやったからさー、、、
中野 あー、それあります。僕もそうでした。
高須 そう、だからああいう番組を土曜日とか日曜日とかに、
ああいう時間帯で やれたらなぁと思ってて、それは『ごっつえぇ感じ』で実現できて、
『めちゃイケ』で土曜日の八時もやれたから、それでもうえぇわーと 思ててんけど、
その頃かなー、作家としてやっていけるかもーと思って 東京来たんやなぁ。。。
中野 俺はねー、(やれると思い始めたのは)ここ数年ですよ。
高須 またまたぁっ!!
中野 いや、マジで!!(笑) ほんと、ここ四、五年ですって。
高須 イケる!!と思ったのが??
中野 いや、イケる!!とかって言うんじゃなくて、、、
まぁ何とかなる、かなぁ。。。 生きていけるかなぁ、ぐらいの。
高須 うそーん。(←もっと「イケる」と思ってるでしょう、の顔と声)
中野 いやいや、高校の頃こそイケるイケると思ってましたけど、
実際仕事はじめて からは、やればやるほど不安になっていくばっかりで。。。
高須 ふぇー…そうは見えへんけどなぁ。。。
中野 いやもう、ほんと、ここ四、五年ぐらいっすね。
何とか、やっていけそうかもなぁ…ぐらいの。。。
 
高須 今後どうするー??
中野 どうしましょうかねー。。。
いや、この事はね、高須さんともすっごいよく話すんですけどね。(と、タシロに)
高須 とか何とか言いながら、いろいろやってんちゃうの?!(笑)
中野 や、それなりにやってはいますよ。
やってはいますけどね、この先どうなる、 どうするかっていうのは、ほんと…。
だから、高須さんが言ってたように「分岐点」なんですよ、そろそろきっと。
高須 そうそう、分岐点。年齢的にもね。
中野 んー。
高須 でも、ほら、いつ種を蒔くか、ってことがあるやんか。
昔蒔いた種の分の畑はいっぱいになって、そこはもう、次から次へと 収穫できるねんな。
そこの畑の野菜を求められてるから、
今はそれを ほい、ほいっ、と求められた分だけ出荷できてる。
毎年毎年「そこ貰うよ」て オファーがあって、その畑は目一杯使えてる。
でも、その畑はもう出来上がって しまってるわけやんか。
なんか新しいことをしようと思ったら、別の新しい 畑を作って、種を蒔く以外に無いのよ。
今の畑は生きていくために 空けられへんからね、どうしたって。
だから、合間を縫って新しい畑を 作るしかない。
中野 でねー、今はまぁ野菜獲れてるからいいとしても、
そのうち畑の土自体の 勢いもなくなってきますからねー、絶対。
高須 そうそう、土地が痩せていってー、相手側から
「ちょっとー、最近 野菜の生育悪いんちゃうのー? 病気がちよー」
とか言われ出したらー、 だんだん野菜が安売りになってー、質も悪くてー。(苦笑)
中野 評価が下がっていきますよね(笑)。
高須 そうそう、それもきっつい話やんかー。
細々と安売りにしていくのか、 あり続けられるのか、って、なぁ…。
だからねー、どっかで種を蒔こうと。
俺は、だから今年「種蒔きの年」と思ってんねん。
中野 あー、いろんなことしてますもんねー。。。
高須 そう。もう、いろんなことをして、いろんなトコロに種を蒔いて、
何年後かにでも、その種が芽吹くように、実るように、ね。
中野 んー…ホント悩みますよねぇ…。
高須 だってなー、売れっ子のタレントが30歳中盤で「どうしようかなぁ」
って 悩むねんで??
いや、その時点では勢いあるし、全然食えてるし、全然金持ちやねんで??(と、タシロに)
----- うんうん。
高須 俺等からしてみたら、もう全然金持ちやし、裕福やねんけど、
それでも 次の一手を考えてたりすんねん。人生の先を見越して。
中野 そう、だからねー、すっごい不安ですよ。
あと、周りの同じ年代の人たちがぐーっ、と前に出始めてるじゃないですか。
高須 表舞台、テレビに限らず、いろんな分野でね。
中野 そうなんですよ、それがね、また不安を煽りますよねー。
なんっかいつか、ふっ、と「あらららら??」ってなっちゃいそうで…。
高須 でも、俺、中野くんは全っ然大丈夫やと思うでぇ??
中野 いやいやいやいや…いやいやいやいや。
高須 そうかなぁ…大丈夫と思うけどなぁ…うーん。
  そうして二人は黙り込んでしまいましたとさ。。。
いや、ほんのしばしなんですけどね。
ほんのしばし故の重みと言いますか、んー、何と言いましょう。。。

放送作家という、何の保証もないような職業だからこそ、
勝負所とか保険を 自分で見極めて、
自分で冷静に自分を見ながら判断して行かなければならないのだな、と
改めてお二人を見て思いました。
どんな仕事であれ、自分で自己責任で自己管理は
しなくちゃいけないんですけどね、もちろん。
畑も肥料も水も、なにもかもが自分の内側で起こっていくことでしょう??
誰のせいにもできないじゃないですか。
逃げ場がない。
放送作家に限らず、クリエイティブで華やかなお仕事というのは
絶え間なき自分との闘いなのだと、
あらためて認識を深めたヒトトキなのでありました。。。

次回は、モノを考える時の集中の仕方などについて、ちょいちょいと。
武内絵美
久保田智子
杉崎美香
中野俊成
そーたに
おちまさと
鈴木おさむ
鮫肌文殊
村上卓史
都築浩
三木聡
倉本美津留
かわら長介
海老克哉
小山薫堂
大岩賞介
佐々木勝俊
堀江利幸
町山広美
高橋ナツコ
松井洋介
宮藤官九郎
樋口卓治
渡辺真也
田中直人
山名宏和
杉本達
片岡飛鳥
合田隆信
小松純也
加地倫三
タカハタ秀太
土屋敏男
高須光聖
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