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三回目ゲスト 合田隆信さん(TAKANOBU
GODA)
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| 高須 |
ゴウちゃんが、初めて大きい勝負になったっていうのは、
いつ頃の、何の番組? |
| 合田 |
TBS入って8年目、『学校へ行こう!』ですね。
ゴールデンのレギュラーでは、この番組が初の総合演出でした。 |
| 高須 |
その時って、アイドルでバラエティをつくるって事に対しては、
どんな気持ちやったん?
芸人中心のバラエティー番組が多かった中で、不安とかなかった? |
| 合田 |
いや、そんなに不安はなかったですね。
逆に言えばやりがいがあるな、と思いました。
自分も若い、タレントも若い。
どちらが主導権を握るということでなくやっていけそうかな、と。
当時のV6はまだまだデビューしたばっかりみたいな感じでしたから、
それほど器用ではなかったですけど、その前に僕はTOKIOと
深夜番組『TOKIO HEADS』で一緒に組んでやってましたから、
そのノウハウ活かして、やれることはあるだろうと。
もちろん僕らも素人みたいなもんでしたけどね(笑)。
僕は芸人さんのレベルと、アイドルのレベルって言うのは、
永遠に埋まらないだろうと思ってるんです。
だって、完全に別物じゃないですか。
同じレベルで何かをしなくちゃいけないって事もないし、
笑いの要素が足りないっていうんであれば、
それは作家が足していけるわけですから。
そのために、作家の先生達が必要なんですからね(笑)。
だから、特にアイドルメインのバラエティって事で
不利だとかそんなことは思いませんでした。
まぁ、始まった当初はV6の彼らもかなり無名でしたからね、
その分をどうしようかなぁ、と思ったことはありましたけど。
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| 高須 |
あの番組にみのさんを入れようって言うのは、誰が言いだしたことなの? |
| 合田 |
それは渡辺香さんですね(笑)。
僕は、当初全然そんなことは考えてもいなかったんですけど。
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| 高須 |
でも、あの番組はみのさんが入ってることがポイントやなぁって、
始まった当初「なるほどね」と思ったのよ、俺。
いくらVTR番組といえども、スタジオのみのさん数十秒が
ちゃんと生きてる。
その数十秒のために、何千万もかかるスタジオを開くんだから
燃費でいうと、めちゃめちゃ効率悪いけど、必要だと思ったな。
すくなくてもスタート時点では。 |
| 合田 |
正直驚いたスタッフも多かったんですわ。(笑)
でも、今となっては大英断ですけどね。
僕は当時、V6だけでやりたかったんです。
VTRメインでやるって決めてましたしね。
スタジオでのMCがそんなに必要とは思ってませんでしたから。
どっちにしても、今でこそ成功してますけど、
始まった当初は『学校へ行こう!』がヒットするなんて、
誰も予想してなかったと思いますね。
僕自身もそんなに当たるとは思ってなかったんで(笑)。
だって最初の半年から一年間は視聴率、ホントに苦しかったんですから。
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| 合田 |
うん、全然でしたよ。15%超えたのは、始まって一年ちょっと
経ってからでしたもん。それまではずーっと、12〜13%を
うろうろしてましたから。
で、今の枠に移動してから数字がガーッと上がったんですよ。
その頃は周りからずっと「『学校』はおもしろいよ」という
意見を耳にしてました。
だけど、意見ばかりでおもしろいって認められても、
今のTBSでよその局に「やったるわーっ!」ってのを見せようと思ったら、
視聴率を20%とか目立つぐらい取らないとダメだったんですよ。
まずは視聴率で勝たないことには。 |
| 合田 |
この世界、内容の充実っぷりなんて、ほんとに曖昧なもんじゃないですか。
それよりも、数字、視聴率を取るしか、確実に認められる術はない。
とにかく『学校』を15%番組にして、ヒット番組といわれるようにしよう、と
頑張りましたね。きつかったですけど。
「おもしろいね」って言ってくれる人が沢山いたけど、
そんなことはどうでもよくて、世間の人達に見てもらうことにしか
興味なかったですわ。 |
| 高須 |
そこまで徹底してると、普通なら否定したくなるコメントも
ある意味、納得するなぁ。
合ちゃんが言うから、ってのも大きいけどね。 |
| 合田 |
枠移動してから一年半後、『ガチンコ!』が始まることになって、
僕は『学校』を後輩の江藤っていうディレクターに任せて、
『ガチンコ』にかかりっきりになったんです。 |
| 高須 |
俺は、それの真裏やってたわ、テレ朝で。(笑)
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| 高須 |
『ガチンコ』がとにかくオバケみたいな数字取ってた時期が
あったやんかー。あれはもう、ほんまに腹立った。
何でこんな番組が裏やねん!と。 |
| 合田 |
そうですか(笑)。
でも、『ガチンコ』も最初の三ヶ月、かなり迷ってましたからね。
企画とかテイストが、うまく見えてこなかったですし。
でも、二ヶ月半ぐらいしたころから
「あ、こういう感じが受けるな?」と分かってはきたんですよ。
その頃、フジテレビの裏は『古畑任三郎』だったんですけど、
それが終わった途端、急に数字が上がったんです。 |
| 高須 |
それまでは『人気者でいこう』も「格付け」で
そこそこ数字をとってたんだけどね、
あの頃の『ガチンコ』には、ぜんぜんかなえへんかったなぁ。
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