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二回目ゲスト 片岡飛鳥さん(ASUKA
KATAOKA)
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| 高須 |
「ごっつ」やら「笑う犬」のディレクターの小松も
きっちり笑いを作れるディレクターとしてすごいねんけど、
下に弟子のような若手が育ってるかというと、
どうもそれも無い感じがすんねんなぁ〜。 |
| 片岡 |
うーん、人のことは分からないけど、そうなのかなぁ。
あのね、若手を育てるってことで言えば
僕が育ててるとしたら、それは僕自身の経験から来てるんだよね。
僕の師匠に当たる、三宅さんや吉田さんってディレクター陣は、
ホントはあんまり教えてくれなかったの。 |
| 片岡 |
そうそう。具体的なことは一切言わないっていうか、
少なくとも当時の僕は、そんな気がしてた。
だけど、それが良かったのよ。
教えられすぎずに、20代で独り立ちしなきゃならないような流れになって、
じゃあ先輩陣に似ないようにしよう、と思ってきたから。
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| 片岡 |
でも、今の自分の状況を見ると、
戸渡(めちゃイケの若きディレクター)居るでしょ、
あいつにはホントに「教えてきた」って思うなぁ。
かつてはもう、本当に手取り足取り。
彼は三宅班の空気を吸ったこともなかったし、
最初は全く笑いの要素は無かったじゃない?
だけども彼は、頭が良かった。
学習して、吸収できる力があるように思えたから、
俺は彼には教えればいいんだ、教えれば分かるだろうってことで、
とことんいろんなことを言葉にして教えてみたわけ。
だけど、教え込んだら教えこんだで、今度は
「オリジナリティ」の問題が天秤にかかってくることが分かった。
そういう意味では、俺は先輩達に具体的にはほとんど
「教わってなかった」からね。
そこが図らずも自由だったっていうのはあると思う。 |
| 片岡 |
先輩の背中を見て、ほとんど背中だけを見て、
「俺は真似しないぞ」ってところから入ってる分、
オリジナリティに関しては入り口が広かったわけ。
それは、今になればかなり得してたと思う。
ところが戸渡がはじめて「めちゃイケ」のコーナーを担当して作った時に、
めちゃイケ流のテロップをきれいに踏襲してたのよ。
それはものすごく衝撃があった。
俺は彼に、そういうテロップにしなさい、なんて
一言も言わなかったのに、彼はそうした。
これが何とも微妙でさぁ(苦笑)。
俺が教えてしまった「めちゃイケ」ってもののパッケージ感が
強すぎたのかなぁって思っちゃったりして、やや複雑だったわけ。
彼がものすごく優秀であるとして、 俺が何かを教えることができてたとして、
じゃあその次…「戸渡というディレクターの誰にも似てない色」って
何色なんだろうか、と。
戸渡ディレクターのオリジナリティーというものが、
この世界で食っていく上では問われていくよね。
ただ彼は、俺の教えたことはすごく速く吸収してた。
それは確か。 |
| 高須 |
いや、戸渡は優秀やって。
ホントに短期間で覚えたなぁって、作家として思ったもん。
…俺、実を言うと、番組始まったころ戸渡って人間は
お笑いのディレクターとして「向いてない」と思っててん。 |
| 片岡 |
あ、それはそうだよ。決して向いてるわけじゃないよ。 |
| 高須 |
でしょ?
だって、お笑い好きでも何でも無かったわけやんか。
彼は、飛鳥からいろんなこと吸収して、半ば強引に「芸人精神」を組み込み、
自らのアーティスト筋肉を「お笑い筋肉」に肉体改造したんであって、
基本的な身体は違ってた。 |
| 片岡 |
元々は、オザケンの後ろでパーカッションやってたんだからね(笑)。
…あ、俺と高須さんだけ分かってても仕方ないから、説明しようね。
「めちゃイケ」の戸渡っていうディレクターは、
元々ミュージシャンだったのよ。 |
| 高須 |
えーっと、東京ナンバーワンソウルセットっていう
バンドの人達と一緒にいて、『HEY!HEY!HEY!』とかでは
小沢健二の後ろでパーカッションたたいてた(笑)。
それが、何の因果かお笑い番組のディレクターになった。 |
| 片岡 |
多分、お笑いの血が流れてる人間ではなかったんだよね。
まー、今にして思えば、逆にそれがよかったのかも知れないけど。 |
| 高須 |
でも、今や彼もお笑い好き…いや、お笑い好きと言うより
「芸人好き」になってしまったやんか。
愛してしまってるやんか、「芸人」という生き物を(笑)。
もう、今までの十何年間の音楽という血を、
なんやったら捨て始めてるやんか!(笑) |
| 片岡 |
そうそう。 あいつ、今では言うもんね。
「その企画は芸人の気持ちを分かってないんじゃない?」とか、
平気で言うんだもん(笑)。 |
| 高須 |
それを聞いて、俺はもう、びっくりよ(笑)。
「そんな人間ちゃうかったやん!」、
「芸人なんて、アンタ、一言も言うてなかったやん!」って。
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| 片岡 |
だから、スタートは遅かったの。
もう32歳かな。
ちょうどいい歳になって、後れてた分は完全に追いついた。
じゃあ、これからどうしようってことだよね。 |
| 高須 |
そういう後進が育ってるって素晴らしいことやね。
杉本っちゃんにも、土屋さんにも、おそらくそういう後輩は居れへんと思うからね。
育てるところまでは気が回ってないと思うなぁ。
自分の個性で打ち出す感じが、一番楽しくて、快感で、
そんなことまでしてられへんって感じなんと違うかなぁ。
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| 片岡 |
というか、若いディレクターがなかなか育たないってのも
分かる気がするんだ。
なぜなら、自分の番組作りのノウハウを事細かに誰かに教えるってことは、
企業秘密をばらすことになるんだから。
それは絶対怖いよ。怖いと思うもん。
しかも、若手に教えるんだよ?
追いつかれて、超えられたら困るじゃん(笑)。
でも俺はそれを逆に、ばんばん言っちゃうからね。タダで。 |
| 高須 |
だからー、人が受け継いでいって、育ってんのよなぁー。
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| 片岡 |
俺が若い頃に自分で編集してつくったVTRってさ、
上の吉田ディレクターにばんばん切られたわけよ。
それはもう、有無を言わさず切られちゃう。
そしたら、すっごく憎んでしまうわけ(笑)。
何で切るんだ、どうして切るんだ?
理由も言われずに、ただ切られてしまうのが
腹がたって腹がたって、仕方がなかった。
俺は、それを今でもずっと覚えてるんだよ。
そうしたら、いざ自分の立場が変わって、
若手の戸渡や近藤がつくってきたVTRを見て、
手直しを入れるようになった時に、
必ず説明してやるようにしようと思ったの。思えたの。 |
| 片岡 |
15秒、このシーンをカットしますっていう時に、
何故、君たちが選んだ15秒を、俺は選ばなかったのかってことを
説明してから、切る。
それは、さっき話してたコントのセットのおぼろ豆腐を
説明するかしないかにも通じてくることだと思うんだけどね。
切ってしまう15秒の中に、確かに笑いはある。
だけど、この15秒の笑いを捨てることで、
30秒後がもっと笑えるってこともあるだろう、とね。
そうして最初は、実際にそれを編集して見せてやるわけ。
それは、時間がかかってもいいから、必ずやって見せる。
「どうだ?」
「はい、確かにあの15秒が無い方が、後の笑いが際だっていておもしろいです」
「そうか。よし。じゃあ、切るぞ?」
みたいなことから始めていくわけ。
そうしたら、納得して素直に吸収していくんですよ。
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| 片岡 |
んー…ま、単純に「嫌われたくない」って弱さが、
俺にあるってのもあるんだろうけどね。(笑) |
| 高須 |
そこには、飛鳥に入ってるプロデューサーの血っていうのも
あるような気がすんのよねー、俺は。
自分だけがいいや、とかってちょっとでも思っちゃったら、
実際、自分だけがいいことにしかならないもの。
それじゃチームワークが基本のはずの番組づくりってのは
崩れていくし、何より感性が繋がっていかないんだよ。
受け継がれていかないんだよ。
番組をまとめていくのがプロデューサーってものの役割だとしたら、
飛鳥はそれも、しっかりやれてると思うよ。 |
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